第23話 不法侵入者

 その後、昼餉を食べ終えた私は、日課の――今日は気晴らしも兼ねた鍛錬を行うことにした。

鍛錬は室内でも屋外でも行うが、今日は鬱々とした気分を晴らす目的もあるので、空間を広く使った比較的激しい動きを行いやすい屋外にて行うことにした。


動きやすいよう、他の妃方よりもいく分か簡単ではあったが、高い位置に結い上げていた髪を下ろし、低く、無造作に一つにまとめる。そして、襦裙と裳を脱ぎ、男性の装いである襦褲じゅこを身に纏った。

実家ではこれが普段着のようなもので、母が茶会を開いた時など、客が来る際や、どこかへ出かける時以外は、基本的にこの髪型で、この服を着ていた。

何と言っても楽だし、動きやすいからだ。

さらに言うと、私の愛用しているものは、限りなく簡素シンプルなものなので、お忍びで街へ出かける時などに、目立たずに済む。


とはいえ、ここは私の実家ではなく、後宮だ。

そのため、以前の生活とは打って変わって、髪を結い上げることと、襦裙と裳を着ることの方が増えた。というか、鍛錬している時以外はずっとその格好なのだが。

当初は髪が強く引っ張られることに違和感を感じたり、大股で歩いたり、速く移動しようとすれば裳を踏みつけそうになるため、歩きずらかったりと、少々戸惑ったりしていたが、もうすっかり慣れた。

しかしながら、結いなれたこの髪型と、着慣れた襦褲への愛着というものはあるもので。

そのこともあり、鍛錬の時間は今まで以上に、私にとって大切な時間となっていた。

――まあ、襦裙と裳を着た状態で万一襲われた場合に備えて、襦裙と裳のまま稽古をするのも必要なんだけど。

ただ、今日は思いっ切り身体を動かしたい気分なので、それは却下だ。


着替えた後、刃引きした模擬刀を手に庭へ出る際に何人かの侍女とすれ違ったが、実家から連れて来た侍女は、私の襦褲姿を見慣れているので問題はない。後宮に入るにあたって私付きの侍女になった者たちにも、あらかじめ、鍛錬の際に男装すると伝えてあるため、軽く頭を下げるだけだった。

初日は頭を下げつつも、チラチラと視線を上げて珍奇なものを見る目で見られていたため、かなりの進歩だと思う。

まあ、どんな目で見られようが、私は大して気にしないのだが。


そんなこんなで、庭の一角の、木や背の高い植物が少ない区画へ移動した私は、鞘に収めた模擬刀の柄を握り、ふっと息を吐いた。

そして、くるりと回転しながら抜刀し、横へ水平に薙いだ。と思えば、三歩助走をつけて跳躍し、全体重をかけて前方へ刃を突く。その勢いを利用して空中で前方回転し、片足で着地したと同時に、その足を軸に空いている足で強烈な回し蹴りを放つ。

そこそこ長さのある髪は、ひと時も一つの場所に落ち着いたりせず、絶えず空中で踊っていた。


しばらくの間、その動作に没頭していたが、ある時から誰かが私の様子を窺う気配を感じ始めた。

この気配からして、私の侍女では絶対にない。

しかし、気配に全く覚えがないわけではないため、少しずつ、じりじりと。一連の動作を繰り返しながら、間合いを詰めていく。


ダンッ


そんな音を立て、地面を蹴った私は、一気にその人物との距離を詰める。

そのまま、模擬刀を突きつけるつもりだったのだが。


「…ッつ!」


驚いたことに、不意を突いた動きだったにも関わらず、は浅葱色の披帛を翻し、瞬時に後方へ移動することでそれを躱した。遅れて、彼女の金髪がふわりと揺れる。


「!」


絶句、した。


そこにいる、彼女は。


淑妃さま――栖鈴華だったから。

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