第21話 舌戦 後編

 お互い、盛大に散らす火花をそのままに、賢妃は口を開く。

「その考え方には賛同しかねます。いくら国が豊かになろうとも、そのような矛盾した考え、許容できるわけがないではありませんか」

「矛盾が許容できない?貴女は世の中は矛盾が生じるからこそ成り立っているということをお忘れですか?豊かさを追い求めすぎることも問題ですが、この程度の矛盾を恐れて利益をふいにするなど、正直に言わせてもらえば臆病かつ愚かな行動だとしか思えませんが」

「はあ?この世の矛盾を可能な限り正すのが政というものでしょう?そのくせをして新たな矛盾を作るなど、有り得ないと思うのですが」

「一度生じた矛盾を正すとは、膨大な力と気の遠くなるほどの長い時間が不可欠です。それを正すほどの力を持つには、先ずは国を豊かにすることから始めなければなりません。逆に言えば、長い目で見て、異国の宗教を取り入れ、国を豊かにするということ一つでいくつもの矛盾を正すことができる、と。そうは思われませんか?」

そして、再び睨み合いが始まる。

賢妃の侍女に関しては、私たちを止めようとおろおろする者と、彼女に加勢するような形で後ろに控えつつ、私を睨みつける者とに分かれている。

私に関しては基本的に単独行動を好む性格なので、昨日も今日も、侍女は一人も連れてきてはいない。

決して侍女が気に入らないとか、そういったことではない。むしろ、私の侍女たちは皆、本当に良い人選がされたと感心している。

だが、それとこれとは別なのだ。

つまるところ、数では何をどう考えても私が負けているのだ。

でも、それがどうしたというのだろうか。

私としては、相手が一人だろうが十人だろうが、どうでもいい。

私が負けることは、絶対にないから。

そんな、舌戦と睨み合い。

その繰り返しをし続けて四半刻三十分も経った頃、数人の宦官がバタバタと足音を立てつつ、こちらへと駆けてきた。

その後ろには、黒を基本とした襦裙を着た女官が裳の両端をつまんで、懸命に宦官たちを追いかけている。

黒というのは賢妃の色なので、その女官が賢妃へ仕える侍女で、宦官たちを呼びに行った者だということは、一目でわかった。

件の宦官たちには、邪魔をされた苛立ちと、遅いんだよという意味合いを込めて軽く睨んだのだが、皆、首をすくめて軽く震えていた。

ちらりと横を向けば、賢妃も同じような表情をして、彼らを睨んでいる。

少しばかり冷静さを取り戻し、八つ当たり気味に悪いことをしたと、やや反省した。

だが、腹が立つものは立つため、表情は少しばかり和らげるだけに留めることにしておく。

しかし、それからのことはあまりよく覚えてはいない。

ただ、物凄く怯えた様子の宦官たちが恐る恐るといった様子で私たちを止めに入り、それに対して賢妃が邪魔をするなと怒鳴りつけたことや、私が八つ当たりするなと止めたところでまた争いが勃発しかけ、最終的には激昂しかけた賢妃が、侍女全員に引きずられていった。

その後、宦官たちに謝罪を述べた私は、かなり疲弊した精神を癒すべく、自分の宮殿へと帰ることにした。

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