第19話 賢妃
ああ、疲れた。
昨晩は、一昨晩に私が東宮を半強制的に眠らせたことについて遠回しにお𠮟りを受け、前よりも若干近い距離で眠ることになってしまった。
あまりにも疲れていたからとはいえ、普通に爆睡してしまった自分が憎い。
朝起きてからは、侍女の目がないところではずっと軽く睨んでいたのだが、効いた様子はなかった。
さて、現在私は、そんな釈然としない気持ちを引きずりながらも、賢妃こと
彼女は、保守派の筆頭、泉家の姫で、今年で二十七になる姫だ。
明家とは敵対派閥の人間なので、正直言って気は進まないが…
まあ、しょうがない。
前の三人と同じように、呼び鈴を鳴らして侍女に要件を伝えれば、彼女は何故か、バタバタと宮殿の中に入って行ってしまった。
つまるところ、置いてきぼりにされたわけだ。
私が敵対派閥の人間だからなのか…
特大の溜息を吐いたところで。
しゃらん。
鈴の音が、聞こえた。
一瞬、幻聴かとも考えたが、その音は段々と大きく、鮮明に聞こえてくる。
それに混ざって、カツカツという、足音も聞こえてきた。
まさか。
やや緊張したが、それを隠すようにして、いつも通りの無表情をつくる。
そう、待ち構えていれば。
鈴のついた、水仙を模した
視線だけで人を射殺せそうな程の剣吞さを纏った、薄茶のつり目。キュッと固く結ばれた口元には朱色の紅が引かれている。亜麻色の髪を細かく結い上げ、一直線にこちらへと歩いてくるその人間は。
賢妃、泉美苓。
とても友好的な態度とは言えないが、彼女は後宮内でも珍しい、自身と対等な身分の持ち主だ。
とりあえず、会話できる位置までやってきたので、一言でも挨拶はしておこうかと思ったのだが。
それは、賢妃さまからの言葉で遮られた。
「よくもいけしゃあしゃあとわたくしの宮殿へ訪ねることができたものですね?貴女のような馬鹿げた考えを持つ人間なんて、わたくしの宮殿に入る資格はありません。さっさとお帰りください。大体、新参者のくせにわたくしに会おうだなんて、身の程知らずがすぎますわ。首を洗って出直してらっしゃい。」
…なんだこの妃。
大体、私は後宮に入りたくて入ったわけじゃないし。それより何より。
私だけでなく、私の派閥のことまでバカにするなんて…うん、分かり合えない。
そんな気持ちを込めて。
間髪入れずに、言葉を返す。
「あら?私は別に貴女に会いたくてここへ来たわけではありませんから。」
「はあ?」
「ただ、曲がりなりにも後宮に入った以上、皆さまにご挨拶しておくことが筋かと思いまして、足をお運びしましたが…非常に残念です。まあ…新しいものに怯えて、今までの常識に縋り付くようなお考えの方なら、当然でしょうか?」
そう言い切れば、向こうは顔を真っ赤にして、こちらを睨んでいる。
あれだけ煽れば当然か。でも、私の知ったことか。
「嗚呼、それだけが正しいなんて、そう思っているのですね?可哀想な方。いくら秀才だと言われ続けていても、まだお若いんですもの。自分の世界しか知らないのも当然ですよね?それにしても、哀れだこと。曲がった考えの中で育って、それを当然と捉えることしかできないだなんて。」
…今度は、好戦的なくせに、感情の変化がやや乏しい私が。
怒りに、火をつける番だった。
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