第18話 東宮は思案する 其肆
「それで、本日も泊って行かれますか?」
彼女は、そんなことを、言った。
正直に言おう。死ぬほど驚いた。
本気で、影武者でも立てたのかと思った。
驚きのあまり、目を見開いて絶句していれば、彼女は、はっとして目を見開き、全力で顔をそむけた。
注意してみれば、頬が薄っすらと、赤みを帯びている。
ドクン。
心臓が、そんな音を立てた。
この感情は、何と言うのだろう。
先程から感じている、ふわふわとした、甘い何かは、いったい――
そんなことを、考えていたからか。
気が付けば、勝手に口が動いていた。
「ああ」
――と。そんな、ことを。
「っッッ」
彼女の頬の赤みが増す。
思わず吹き出しそうになる。
これまで、冷静で淡々とした態度しか見せていなかったから、余計に。
しかし、それも束の間。
淳華はすぐに表情を戻し、違った話題を投げかけてくる。
「そういえば、徳妃さまと賢妃さまについての情報はございませんか?このお二方は別派閥なので、基本的な情報以外は中々入手しづらくて。」
なければいいのですが、と付け足した彼女に、自分も表情を戻し、努めて淡々と、事務的に答える。そうでもしないと、得体の知れない、この、気持ちが。
溢れ出てしまうと。そんな、気がして。
「そうだな。まず、徳妃はお前も知っているだろうが、極端な程に気が弱く、人見知りだそうだ。属国の姫ということもあろうが、あの容姿だ。色々とやっかみもあったそうだ。」
齢十七という若い妃は、生まれつきの白髪に、紅の瞳という、稀な色彩を持つ。
彼女が生まれ育った国では、その色を持って生まれた者は神の子として崇められている。
それ故、皇帝の妃として献上することで、その国の忠誠が示されたわけだが…
その様な色を持っているせいで、別段、崇めるといった文化のないこの国での生活は、とても苦しいものだったと聞いた。
生まれ育った国では信仰の対象となった見た目が、嫁いだ国では異質なものとして見られる。
それが、どれ程辛いことか。
飛龍には分からない。
だから、淡々と、聞かれたことに答えるのみ。
「それ故、会いに行っても拒絶されるかもな。ああ、賢妃に関しては、そうなる可能性が高いぞ?覚悟しておいた方が良い。」
賢妃の名を出したあたりで、淳華は僅かに嫌そうな表情を作る。
まあ、彼女の気難しさは派閥問わず有名なため、気持ちはわかる。
自身も、何度か言葉を交わしたことがあるが、その度にげんなりとする。
あの人間を妻として寵愛する父は、素直に尊敬する。
まあ、良い。
とりあえず、聞かれたことは答えた。
そのため、満足そうに頷きつつ、木簡に簡単に書き写す彼女に、昨晩の仕返しをすることにする。
「では、話し合いを始めようか」
にこり、と笑顔を向ければ、彼女は今度こそ、人並みに顔を引きつらせた。
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