第17話 東宮は思案する 其参
そして、執務を早めに終わらせた飛龍は、淳華の宮殿――
こうして、自分から妃の宮を訪ねるのは初めてだと、頭の片隅で、ぼんやりと考えながら。
到着すれば、淳華は父――皇帝の妃方へ挨拶回りに行っているとのことで、まだ帰ってはいなかった。
主人のいない宮殿に、勝手に入るのは少しためらわれたが、向こうの侍女からは熱烈な歓迎を受けたため、良いことにしておく。
茶会が長引いたのか、淳華が宮へ返ってきたのは、それから少したってからだった。
どのような反応をされるのか。
柄にもなく、そんなことを気にしていた。
…いや、どんな反応をされるのかなど、わかり切っていた。
そのくせをして、おかしなことを考えてしまっていたにすぎない。
それでも。
彼女の反応に、ほんの少しだけ、胸が痛んだことだけは。
確かだと、いえるだろう。
帰ってきた淳華は、飛龍の姿を確認するなり、まるで手本のような美しい礼をとり、
「ようこそ、いらっしゃいました。帰宅が間に合わず、申し訳ございません。」
と。
挨拶と、謝罪を寄贈した。
いつも通りの、何も感情が浮かんでいないような、顔で。
そのような表情でいることは、彼女のことをよく知らない者からすれば、無礼ととられかねない。
だが、ある程度の身分を持つものは、無表情こそ、彼女の通常の顔であると認識しているため、いつも通りだと。
そう、感じるに違いない。
だが、飛龍は皇族だ。
それも、現帝亡き後、この国を統べるという使命を持った。
受ける教育も、叩き込まれる武術も。
他の貴族たちとは、とても比べ物にならない程、高度かつ特殊なものを学ばされてきた。
ゆえに、常に表情が変わらないような者の、本当に些細な変化を。
見逃すようなことはない。
自身を確認した際の淳華の。
いつも通りに見えた表情の中には、驚愕と、僅かな失望。そして、苛立ちが垣間見えた。
やはり、と思う半面、少し寂しい気もした。
理由など、知る由もなかったが。
そして、その苛立ちの理由が、自分を嫌っているからではなく、約束を反故にしてしまったからであってほしいと。
ひそかに、願った。
時間も時間だったため、共に夕餉を取ることにした。
料理の数々を食べる時の淳華の機嫌は…目に見えて、良くなっていた。
それは、一般的な人間の笑みには及ばずとも、先程の無表情とは比べ物のならない程度には緩んだ表情で。
やや複雑だったが、確かに、食事は美味かった。
尚食の女官長は、飛龍が後宮にて育てられていた頃から変わっていないため、その味は少し懐かしかった。
ゆえに、言葉にしたのだが、淳華からは、それよりも説明を求められた。
まさか、特に理由はないといえるはずもなかった。
そのため、念には念をと用意しておいた、六尚の派閥を記した木簡を渡すことにした。
その行動は。想像以上に、喜ばれた。
少し驚くと同時に、ふわふわとした、何やら暖かい感情が芽生えたことを、自覚した。
それが、どんな名前なのかは、決めかねている。
それよりも。
この後はどう動くことが最善かを、思案する方に、思考を優先させた。
しかし、飛龍が思考をまとめるよりも早く。
淳華は、こんなことを、尋ねた。
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