第16話 東宮は思案する 其弐
彼女――淳華から発せられた、その言葉の第一印象。
それは、‘‘絶句’’。その一言に尽きる。
夫婦となってから初めて振られた話題が、まさか離縁してくれというようなものだということは、完全に想定外だったため、どう反応したら良いのか、正直、いくら考えてもわからなかった。
いや、そのような話題を想像する者がいたらいたで、信じられないのだが。
それ以前の問題として。この、少女は。
自身の妻は、完全に規格外と言っても過言ではないのだと。
そう、感じた。
離縁してくれと言うだけにとどまらず、留学をしたいから、下賜されることも拒むというのだ。
後宮では、二年間、皇帝のお手付きにならなかった。なりえなかった妃は、下賜、又は実家に返される。
これは、女官の場合も同じで、二年間、昇給することがなかった女官や、下女の類は、任期が終了した、という形で後宮を出る。
体裁は良いように取り繕われているが、下級官吏の娘ならば、十中八九、出家。
平民の娘ならば、新たな嫁ぎ先か、奉公先を探さなくてはならない。
妃の場合、よっぽどのことがない限りは下賜されることが多いが、腐るほどいる、出世できなかった女官や下女たちに、いちいち嫁ぎ先を見繕うような暇は、皇帝にはない。
そのため、彼女たちは、必死で教養を磨くなどして任期終了後の婚活、又は就活に励むといった者や、妃に取り入り、任期を伸ばす、専属侍女となる、といったことを目指す者。位を少しでも上げるため、日々の労働に勤しむ者といった風に、様々な努力をして、生き残ろうとする。
だが、当然、足の引っ張り合いという、黒い側面が自然と出てきてしまう。
悪循環というほかない。
しかし、淳華は。
留学をするという、目標のためだけに。
自ら、下賜をされずに後宮から消えることを、望んだのだ。
何度でも言おう。
淳華は。自身の妻は、規格外と言っても過言ではない。
更には、何を思ってか、とんでもないお茶―花蘭茶を平然とした面持ちで淹れ、当然のことだと言わんばかりに、差し出してきたのだ。
確かに飛龍は皇族であり、最高級品に囲まれて育てられてきたという自覚はあるが、これは想定外だった。
宮廷ですら、あまり出されることのない茶を、これ程あっさりと出すことのできるような人間は、そういないだろう。
そういった、色々な要因が重なり。
気が付けば、二年後には離縁してくれという頼みに、同意してしまっていた。
しかし、言った直後に自分に対して驚きはしたが、別に焦ってはいない。
彼女の言うとおり、二年後には離縁するのか。約束を破り、婚姻関係を続けるのかは、これからいくらでも判断できよう。
結局、彼女の人となりを、この時間だけで把握することは、不可能だと。そう、判断したに過ぎない。
そして、婚姻関係を続けるという可能性を考慮して、同衾することを提案し、了承をもぎ取ったのだが。
――やられてしまった。
どうやら、快眠効果を濃縮した香を焚いたようで、気が付けば朝になっていた。
それから、色々と理解が追い付いていない状況下で朝餉を取り、淳華と、その侍女たちからの見送りを受けたのだが。
ある程度頭が冴えてくると、段々と、何やら負けたような気がしてきた。
そして、自然と。
もう一度、彼女の宮殿へ行こうと、決めた。
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