第15話 東宮は思案する 其壱

 この少女を。自身の妃――本人は形ばかりの位だと思っている――を、落とすことのできる男は存在するのだろうか。

否。絶対にいないと断言できる。いたらいたで不愉快極まりないが。

現実から目をそらし、そんな方向に思考を飛ばす程度には、飛龍は困っていた。

そして、今も困っている。

――歴代の皇族に、自分の妃から将来離縁してくれと頼まれた者は。頼まれると、ほんの少しでも考えた者が、いるわけがないだろう。

飛龍は、いつもより機嫌のよさそうな、やや緩んだ表情で夕餉を咀嚼している淳華を横目で見て、小さく息を吐いた。

色々と想定外のことが起こりすぎているためか、もはや思考することすら、億劫だ。

そして、知らず知らずのうちに。

自分が、何故このような行動を起こしたかを、振り返っていた。

 

 飛龍は、幼い頃から、年代を問わず多くの女性に言い寄られて辟易していた。

皇帝たる父が、妃たちに執着する理由が理解できず、後宮の‘‘もう一つの意味’’が、迷惑でしかなかった。

後宮の存在意義。

それは、皇帝の権力を世に知らしめること。

もう一つは、皇帝の所有欲を満たすためだ。

前者はまだわかる。だが、後者はどうだ。

初代の皇帝は、愛を多方向に向ける性癖だったのだろうか。

それとも、歴代の皇帝は代々、そのような性癖を持つ者が即位していたのだろうか。

そんな、性癖を持つ者のための理由でしか、ないではないか。

誰かをひたすら愛した経験があるわけではないが、自分の性癖くらい、ある程度は理解しているつもりだ。

つまるところ、自分は、父のように、多くの女性を愛することは出来ないと。

歴代の皇帝が持つような。自身の父が持つような所有欲を、持っていないと。

そう、早々に理解しているのだ。

だが、東宮という立場上、妃を娶らぬことなど、有り得ない。

後宮という制度は、自身が即位した後に何とかして廃止するとする。

沢山の世継ぎをつくる場所でもある後宮を簡単に廃止することに、諸侯からは反対されるだろう。

だが、逆につくりすぎても跡継ぎ争い等、血を見るようなことが勃発したという前例が数え切れぬ程あるため、自分の代で廃止しておこうと思う。

妃に選ばれた令嬢に関しては、愛という感情が芽生えずとも、情は湧くことになるだろうから、特に問題なしとみなしていた。いたのだが。

そのほとんどが、自身の妻として。それ以上に、皇后候補として、以ての外な女ばかりだった。

誰もが、寵を得るために。皇后に、国母になるためだけに、そこにいるような。そんな、者だった。

誰もが飛龍の体と心を渇望していながら、己はそんな感情を、微塵も飛龍に向けてはいなかった。

まあ、ほとんどが行事や茶会で飛龍の機嫌を取ろうとして群がっていた、鬱陶しい令嬢だったから、当たり前といえば当たり前なのだが。

そんな、一生寄り添うなどとてもできそうにない令嬢たちとの縁談は、常に三日と持たずに白紙となった。

未練など欠片もないが、このまま結婚できないのは少し、いや、かなりまずい。

淳華と結婚したのは、飛龍が、そんな焦りを覚え始めた時だった。

行事や、茶会の際も、自分に付きまとうようなことはなく、いつも凛然とした空気を醸し出し、隅に美しく佇んでいた彼女。

目立たぬようにしていたつもりかもしれないが、目立っていた。

少なくとも、常に、飛龍の視界に入っていた。

気難しく、少しも笑わない、可愛げのない女だと陰口を叩く者もいたが、それすら、彼女の魅力の一つのように思えた。

他の令嬢よりもずっと好ましく感じていた彼女は、身分が高く、聡いがゆえに、異国の皇族へ嫁ぐという話があったことで、最初から飛龍の妃候補ではなかった。

だが、飛龍と目ぼしい令嬢との縁談がとうとう尽きてしまったため、彼女へとめぐってきたのだ。

そんな彼女は、飛龍が宮殿に訪れた際の対応も丁寧で、これなら上手くいくかと思っていた。

そんな矢先。

彼女は。淳華は、とんでもないことを言い放ったのだ。

‘‘自分を閨の相手にするな。また、留学したいため、二年後には離縁して欲しい’’

と。

そんな、ことを。

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