第14話 不本意ながら、夕餉を一緒に食べることになりました 其弐

 柔らかくなるまで蒸された鶏肉に、たたいた胡瓜きゅうりとくし切りにした蕃茄ばんかが添えられた棒棒鶏は、刻んだ青葱あおねぎを混ぜ込んだ、香ばしい香りの濃厚な胡麻だれがとろりとかかっており、食べる度にどんどん食欲が加速していく。

それに加え、出汁の繊細な旨みが濃縮された、さっぱりとしているものの満足感のある粥。

春巻きは、パリパリの皮と、ツルツルとした春雨がたっぷり入った餡との食感の違いが楽しかった。

汁物を口に含めば、わかめの清々しい磯の香りと、ふわふわの卵のほんのりとした甘みに心が躍る。

どれもこれも、とても美味しい。

その上、わかめや春雨などの太りにくい食材が多く使われているため、美容にも健康にも良さそうだ。

勿論、昨日の夕餉も、今日の朝餉も。昼餉もとても美味しかった。

後宮ココで暮らし始めてから二日と経っていないが、尚食の女官たちが作ってくれる料理を食べるのは、既に私の楽しみの一つとなっている。

――横に東宮さえいなければ、この上ない時間だったのに…

私の隣に座り、何やら懐かしそうな表情かおで料理を食している東宮を横目でちらりと見た私は、そんなことを考えながら、それを悟られぬ程度に溜息を吐いた。

「で?東宮は何故なにゆえ私の宮殿へいらっしゃったのですか?」

これ以上話題を先延ばしにしていても埒が明かないという結論を自分の中で下した私は、侍女が席を外した時を見計らい、先程と比べて更に緩んだ表情の東宮に、単刀直入に来訪理由を尋ねることにした。

おそらく、私の表情かおは普段以上の仏頂面になっているに違いない。

「…ああ、そうだな。」

やや苦い表情で、東宮はそう言った。

「はい。近々、特に大きな行事の予定は入っていなかったと記憶しておりますが。」

さっさと話せよ?という気持ちを込めてたたみ掛ける。

そんな私に、彼のお方は懐から墨で何かが書かれている木簡もっかんを取り出し、手渡した。

そこに書かれていた内容は、後宮における六尚の派閥の表だった。

それを瞬時に理解した私は、東宮に向かい、深々と頭を下げる。

「東宮、ありがとうございます。四夫人や、高位の妃方の派閥に関しては資料があったので、後宮入りの前に覚えてきたのですが…六尚の派閥などは、その尚の女官長が変わってしまえば人員整理も大幅に行われるという事情があるので、常に一定ではないために資料が間に合わず…かといって、実家の蔵書にそういった情報が掲載された書物や文献はなかったので、とても役に立ちます!ある程度仲を深めた方にお聞きしようかとも考えていたのですが、できることなら挨拶に行く前に知っておきたかったので…」

「いや、待て。後宮、しかも六尚の派閥の情報が載っているような書物や文献がお前の実家にあったりすれば、それはそれで問題だぞ?…しかもその口ぶりでは、宮廷内の主だった官吏の派閥は把握しているように聞こえるが…」

少々、否。かなり動揺したような表情を見せながら、東宮はそんな言葉を呟く。

「当然です。総合的な能力が高く、将来有望な若手の官吏までは把握しておりますよ。流石に、雑用係等、その他大勢の方々の派閥までは分かりませんが。」

「…」

理由など知らなくても困らないが、私が質問に答えた後、何故か東宮はそれっきり黙り込んだ。

どうでもいいが、先程から、東宮の表情がだいぶころころ変わっている。

特に動揺したりするのは初めて見る。

今まで、極力サボっていた宮廷行事に嫌々参加させられた時、遠目で見た東宮は、いつも無表情で佇んでいた。

それこそ、おびただしい数のご令嬢に囲まれても、蚊でも払うかのように、表情一つ変えず、一蹴するような人だった。

私は当時から、そんな競争に少しも魅力を感じることはなかったため、ぼんやりとしか見ていなかったけれど。

そんな、昔のことを思い出していた私だが、念を押すことは忘れない。

「では、本日東宮がここにいらっしゃった目的は、これを渡すということで間違いありませんね?」

「…まあ、そういうことにしておく。」

何か引っかかる言い方だが、今の私にはそれを追求する気力はなかった。

それよりも、折角の料理が冷え切ってしまう前に食べてしまいたいという気持ちの方が強かったのだ。

そのため、嬉々として夕餉に戻った私が気付くことはなかった。

「…攻略方法がわからん。」

などと。

東宮がぼそっと呟いていたことに。

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