第13話 不本意ながら、夕餉を一緒に食べることになりました 其壱
たった今、尚食からできたての夕餉が運ばれてきた。
今日の献立は、
ほかほかと湯気を立て、食欲をそそる香りをふりまく料理の数々に、私は一瞬、地味に目を輝かせた。
だが、悲しきかな。それを直ぐに食べることはできない。
事情が事情。立場が立場だからだ。
期間限定とはいえ、私は東宮妃だ。どうしたって、毒見という面倒な行程を挟まなければならない。
私は武術の鍛錬のほか、幼い頃から体に害が出ない程度に毒を飲み、耐性を付けている。
足の引っ張り合いが通常運転。心から結託するのは、お互いに大切な何かがとんでもない危機に遭遇した場合のみ。
そんな物騒な貴族社会で育ってきた私は、貴族及び官吏の急な辞職理由に、急病や不慮の事故とあれば、ほぼ十割が脅される、追い込まれた。最悪、暗殺が完全に隠蔽されたものだと、齢七つの時点で理解していた。
要するに、暗殺の際、特に多いものが毒殺だということなので、それを回避するために、暗殺によく使われる毒を薬として少量を服用していたのだ。
ちなみに、砒素などの、服用して耐性はつけども骨が脆くなったり長生きが出来なくなったりするような毒は飲んでいない。
生き残るための行動で早死にしてしまっては意味がないから。
まあ、砒素のような例外はあれども、大抵の毒への耐性は持っているのだし、耐性のない毒を口にしても、対処法に関しては幼いころより習得済みだ。
それは周りにいる侍女も同じなのだから、別に毒見なんていらないのではないかと思っているのだが、周りが許してくれない。
毒見役ですら断固として首を縦に振らなかったのだから、とても手に負えない。
今も、震える手で毒見をしようとしている少女が不憫すぎるのだが。
それなのに、やって来た初日、無理に毒味をしなくてもいいといった私に向かって、ほんの少し震えた声で。しかし、きっぱりと続けると話してきたのだから、どうしたらいいのかがわからないのが現状だ。
ぼんやりとそんなことを考えているうちに毒見が終わったので、さあ食べようと気分を紅潮させながら箸を持ったのだが。
「美味そうだな」
そんな、本来ならばここにいるはずのなかったやんごとなきお方の一言で、現実に引き戻された。
私の正面に向かい合って座っているその御人は、後宮での食事は久しぶりだなと、昨日よりも心持ち機嫌のよさそうな声色でのたまう。
今すぐ、後宮で暮らしていた幼少期を除いてこんな所で食事をする可能性を視野に入れていることが信じられないのですが、と言ってやりたい。
皇帝の花を手折ったことがあったのかと、本気で問い詰めたい。
――折角色々と考え事をして現実から目をそらしていたのに…
理由は知らないが、昨晩の約束をあっさりと破ってきた東宮、飛龍。
少なくとも、二人で出席しなければならない次の行事までは一か月半あるため、しばらくは顔を合わせずに済むと思っていたのだが。
――あの後、契約書でも書かせればよかった…
利害が一致していたことや、万が一、恐れ多くも次期皇帝がそんなものを書いたことが知れ渡ればお互いに色々と悲惨な末路が待っていることは目に見えていたということがあったため、契約書に関しては何も言わないで、口約束だけにしていたのに。
まさか、その次の日から反故にされるとは。
流石の私も予想していなかった。
まあ、動揺を殺して冷静にお迎えしたのだが。
正直言って、迷惑でしかない。
しかしながら、事情を知るわけがない侍女たちは、嬉々としてあれやこれやと働いてくれている。
今頃、寝室は紛争地帯へと変貌を遂げているに違いない。
それに気落ちしてしまうことに、何となく罪悪感を感じてしまう。
杏などは、私が幼い頃から実家にいた侍女だということもあり、少々懐疑的な眼差しをこちらに投げかけているが…
うん。気にしないでおこう。
しかし、今私が置かれている状態については、素直に困った。
東宮の目的はわからず、侍女たちは純粋に喜んでくれている。
そんな状況につき、私は現在、東宮と卓を同じにして夕餉を食べるという事態に陥ってしまっている。
はあ、と気づかれない程度に溜息を吐いた私は、とりあえず、これ以上料理が冷めてしまう前にと、東宮との問題を放棄し、食事を開始することにした。
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