第12話 東宮、再来

 私が家路についた頃には、もう日が暮れかけていた。

どうやら、淑妃さまの宮殿に、予定より長くいてしまっていたらしい。

――お腹すいたな。

出された菓子を食べたばかりではあるが、後宮ではお茶会という出来事イベントは、日常的でありながら、お互いの探り合い、駆け引きといった手腕の発揮される、妃の重要な‛‛お仕事’’であり、義務でもある。

当然、上級妃――四夫人ともなれば、日に数回茶会を開くことなど、珍しいことでも何でもない。

そのため、貴妃、淑妃との茶会で出された菓子は双方とも軽いものだった。

つまり、私が感じている空腹感は、腹の音を鳴らしでもしない限り、恥じ入るべきことでも何でもない。

私は四夫人とは違い、できるだけ鬱憤をため込みたくないことと、読書する時間及び鍛錬の時間も十分に取りたい、否、取らなければならないので、一日に四人の所へ挨拶回りへ行くことを諦め、一日に二人にすることにしている。

ついでに、茶会を入れすぎるなどして、生来の性格と、武術をやっていることもあり、夕餉が入らないといった生活習慣が乱れるようなことはできる限り避けたいと考えている。

今後の予定としては、明日に徳妃と賢妃の所へ挨拶回りへ行き、明後日には全体的な事務を行い、女官たち――正六品以下の女性をまとめる役割を持つ尚宮。後宮内の催事を司る尚儀。衣服の意匠などを行う尚服。主に食事を作る尚食。居住空間を整え、清潔に保つことを受け持つ尚寝に、装飾品の制作を行う尚功という、六つある後宮女官の勤め先―合わせて六尚と呼ばれる部署を取り仕切る各部署の女官長へ顔を合わせることぐらいはしようと思っている。

そして挨拶回り及び顔合わせが終われば、私自身も定期的に茶会を開かなければ。

それに、後宮、宮廷で季節ごとに執り行われる催事や行事にも、招待――もとい呼び出された際は参加義務があるし…

面倒くさいことこの上ないが、後宮に放り込まれた以上、これくらいはやっておかなければならない。

というか、これくらいやっておかないと、絶対にバカにされる。

元来の負けず嫌いゆえ、見下されるのは我慢ならない。

そのため、後宮生活二日目にして、かなり一生懸命、慣れない後宮で闘っているのですが。

だが、幸い私には頼もしい味方がいる。

私付きの侍女たちの存在だ。

半分くらいが出会ってからまだ二日目の、後宮入りし――というか放り込まれてから付けられた侍女でありながら、全員が杏を筆頭とした実家から来た侍女に色々と教わりつつ、日々努力を続ける素晴らしい人物だと思っている。

また同時に、常に私を気遣ってくれる彼女たちの存在に、心から安堵してもいる。

昨晩も彼女たちは、薫衣草を仕込んだ枕等の、眠気を誘うもので夜具を揃えてくれていた。

それらは、東宮を瞬殺させることに非常に役立った。

まあ、私は一睡もしていないため、彼女らの意図とは大分違った使い方になってしまったが。

まあ、そんなことを考えながら、早く夕餉を食べようと、自身の宮殿に帰ったわけなのですが。

おかえりなさいませ、と言いながら、宮殿の外まで出迎えに出てくれた杏の表情が、妙に緩んでいる。

嫌な予感しかしない。

心持ち早足で中へ入ると。

「遅かったな。」

開口一番そんなことを言う。東宮、飛龍が。

何故か、そこに居た。

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