第11話 淑妃
昼餉を済ませた私は、淑妃さま――
彼女は綜竜の西部に位置する
瑠美恵良公国の人々は、綜竜の一般的な人々と比べて顔の彫りが深く、青や緑といった、瞳の色の種類が豊富だったり、黒髪が主である綜竜とは違い、金髪や赤毛といった薄めの髪色をしている。
また、全体的に背が高く、体つきのしっかりしている者が多いらしい。
以前、お父さまの知り合いの特使が、瑠美恵良公国へ行った時に、女性の半分が男性である自分よりも背が高かったとぼやいていた。
淑妃さまの母も金髪碧眼の美女だったらしく、淑妃さまもその金髪と青い瞳をバッチリ受け継いだ
舞が特技だそうで、中でも剣舞が一際美しく、彼女の舞う上での俊敏さや、身体の柔らかさに、腰の使い方。それに、絶妙な‟ため”と生来の高い身体能力がよく発揮され、舞う本人が、数ある舞の中で最も生き生きと踊るものだそうだ。
機会があれば、是非一度見てみたい。
そんなことを考えていると、いつの間にか、淑妃の宮殿の前へ着いていた。
紫蘭の時と同じく、呼び鈴を鳴らし、侍女を呼び出す。
幸い、淑妃さまは他の妃との茶会の最中だということはなく、身元と用件を伝えれば、直ぐに中へと通してもらえた。
紫蘭の侍女と比べるとやや警戒心が薄いような気もするが、友好的だととることもできる。
廊下には瑠美江羅公国で生産される絨毯が敷かれており、一本の純白の
だが、宮殿の造りは綜竜のものであり、飾られている調度品は二つの国のものが丁度半々の割合で、全体的に二つの文化が入り混じった、独特の洗練された雰囲気を醸し出していた。
黎楼州では、淑妃さまの父親のように瑠美江羅公国の者と結婚する人間が多かったり、交易の中継地点だったりすることから、瑠美江羅公国をはじめとした異国の文化と綜竜の文化が入り混じった、このような文化が構成されている。
あれこれ考えているうちに、客間へ着いた。
そこには、既に淑妃さまが瑠美江羅公国の豪奢な
その後ろには、侍女頭が控えている。
彼女は私が自身に向かい合った
「御機嫌よう。東宮妃、淳華さま。わたしが栖鈴華です。以後お見知りおきを。」
はっきりとした、とてもサバサバした口調だった。
私は通常運転の無表情で挨拶を返し、長椅子に腰を下ろした。
それを見計らったように、否、見計らって、茶と茶菓子が運ばれてきた。
茶は湯気を立てた紅茶で、茶菓子は氷菓だった。
紅茶の横には小さな壺が置いてあり、中には白い液体が入っていた。
おそらく、牛乳だろう。
綜竜には牛乳を飲む習慣がないため、私も文献で読んだことはあったが、実際に見るのは初めてだ。
「どうぞ、お食べになって?」
と、向こうが進めてきたので、毒味をしてもらった後、早速頂いた。
その瞬間、口いっぱいに、紅茶の豊かな香りが広る。
少し渋みが強いが、それもまた風味の一つとなっている。
紅茶は、綜竜ではあまり一般的ではないため、飲むのも久しぶりだ。
牛乳を入れて飲むと、渋みが柔らかくなり、飲みやすくなった。
氷菓は果物を入れた方が固まりやすいらしいが、入れないこちらの方が、氷菓がやわやわと口の中で溶けていく感触を楽しめる。
氷菓の上には砂糖と水を琥珀色になるまで煮詰めたほろ苦い蜜がかかっており、それが溶けた氷菓と絡み合い、絶妙な
勿論、氷菓の甘味は紅茶の渋みとの相性も良かった。
そして、雑談を交わしながら茶会は進み、終盤に近づいたころ、私は中くらいの大きさの瓶を卓の上に置いた。
同時に、短く言葉を紡ぐ。
「ささやかながら、私からの贈り物にございます。」
そして、蓋を開けるように促した。
淑妃さまは、蓋に手をかけ、ひねる。新品で、固い蓋は直ぐに開いた。
少し違和感を感じたが、それは無視することにする。
瓶の中には、純白で光沢のある、とろりとした軟膏のようなものだった。
ほんのりと、薔薇の香りがする。
「これは何かの軟膏?」
淑妃さまからの問いに、私は僅かに口角を上げて説明する。
「惜しいです。これは手の保湿剤で、日に数回、手に塗り込むことで手の荒れを予防できるものです。薔薇の香りを蒸留した精油を混ぜているので、香りも楽しめます。そのため、
手の保湿剤は、綜竜ではあまり使われていない。
現に、私も使ったことがなかった。
だが、以前読んだ瑠美恵良公国の文献に載っていたため、今回、伝手を使って瑠美恵良公国からの商品を多く取り扱う商会に頼み、取り寄せてみたのだ。
瑠美恵良公国では主に冬の時期に重宝されると聞いたが、自分で試してみたところ、夏に使っても何ら問題はなく、効能も特に落ちるようなこともなかったので、少しでも馴染みのありそうな淑妃さまに送ってみたのだ。
「ああ。そういえば、子供の頃、冬に外へ出て帰ってきた後に、お母さまから塗ってもらった覚えがあるわね…」
ここ数年、使うこともなかったからと、淑妃さまは懐かしそうに目を細める。
「ありがとう、淳華さま。よろしければ、またお茶に付き合って下さらない?」
「もちろんです。これからもどうぞ、よろしくお願いします。」
と、即答する。
そんな感じで、淑妃さまとの顔合わせも無事終了した。
だが。この時の私は、この後淑妃さまの「秘密」を知ることになろうとは、少しも想定していなかった。
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