第8話 寝室でのひと悶着

 ――自分が長椅子で寝る選択肢はないわけね。

小説の中では男性の方が自分が長椅子で寝るから、とか言ってひと悶着あるものだが、この人は長椅子で寝る気なんか鼻からないようで。

まあ、皇族なんだから当たり前なんだけど。

そんなことを考えている間に、

「いや、問題でしかないですよね?だって二年後にはさようならが決定している、夫婦とはいえ形ばかりの相手と同衾って、ちょっとないと思いますよ。」

と、東宮から思わぬ反論をされたことで、私はついきつめの言い方で言葉を返してしまっていた。そして、言ったそばから後悔する羽目になる。

――あ、しまった。

動揺し、言い方を和らげるのを忘れてしまった。

東宮が、ややショックを受けた顔をしている。

しかし、それも一瞬。

彼の方は直ぐに立ち直り、反論してきたのだ。

「待て。私たちは、先程お前が言っていたように、公の場では仲が悪いと思われないように振る舞わなければならない。当然、手をつなぐ等、お互いに触れることもあるだろう。そういったとき、変に赤面したりするのは、やはり不自然だと思うので、慣れることも兼ねて、共に寝ても問題ないと思う。」

――うわ。想定外の反論が来た。

正直、かなり困った。何が困ったって、思っていたことと、別の方向にことが進んでいることだ。

世の中には、想定外のことが起きても、対応できることと、できないことがある。

奇襲を受けるといった物理的なことなら、撤退などの逃げ道があるため、基本的に対処ができる。

しかし、こういった心理的なものは、想定外のことが起きた場合、脳内で混乱が生じ、どうすることもできなくなってしまう。

しかも、ここは寝室という狭くて逃げ道の作りようがない空間であり、やる気はなくとも、私たち二人は新婚初夜という状況である。

更に、立場としては相手のほうがうんと上である。

つまり何を言いたいかというと、私は東宮の言い分を吞むことしかできないということだ。

なので、不承不承ながら、彼の言葉に頷くことにした。

「…分かりました。」

東宮が心なしか満足そうに頷いたのは、きっと、否。絶対に気のせいに違いない。

まあ、そういうわけで。

なし崩し的に同衾することになってしまったのだが。

それで終わる私ではない。

口で負けてしまったことの腹いせに、よくよく眠れる香を部屋に焚きしめたのだ。

その甲斐あって、先に寝台に入った東宮は、一瞬にして、あっけなく眠ってしまわれた。

ちなみに、私はこの香をもう少し薄めたものを過去に何度も使用しているため、直ぐに寝落ちするようなことはない。

それにしても、疲れた。この半刻で、一日分の体力と精神力を消費した気分だ。

それでも、明日は大仕事が待っているのだから。ゆっくりしている暇はない。

そう。東宮をお見送りするという仕事と、義母への挨拶回りという仕事が。

私は溜め息を吐きながら、東宮から離れた寝台の端に横になった。

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