第9話 顔合わせへ

 「御機嫌よう。東宮妃、淳華です。貴妃様にお会いすることは可能でしょうか?」

貴妃の住まう宮殿の呼び鈴を鳴らし、いつも通りの無表情で、応対してくれた貴妃の侍女にこう告げる。

「少々お待ちください。」

そう言い、宮殿の奥へ去って行く侍女。

その背中を見送りながら、私はほう、と溜息を吐いた。

そう。私は現在、腐るほど大量にいる、私の義母ははに、挨拶回りの真っ最中なのだ。

昨晩は東宮との同衾という予定外の行動にひどく精神を消耗させてしまったことで、免疫のない人が一瞬にして眠ってしまうような香をガンガン焚いていたにもかかわらず、最終的な睡眠時間はゼロに近かったが、そんなことで予定を変更することは、絶対にない。

これはあくまで、私の矜持の問題なのだが、これだけは譲れない。

といっても、私の義母―つまりは現皇帝好色男のお妃さま方は、四夫人又は正一品しょういっぽんとも呼ぶ、皇后を除いた、後宮内で一番高い位の四人の女性から、正五品という、妃の中では一番位低いの女性たちのことを指す。

皇后とは面識があり、何度かお茶会をしたこともあるため、まだいいのだが、残りの全員に挨拶回りをするのだったら、一日に四人のところへ行けるとしても、挨拶回りだけで十日はかかってしまう。

それに、私よりも身分の低い家柄出身の妃や、元庶民でありながら、女官を経て妃になったような者もいるため、不用意に挨拶をしすぎるのは、私、ひいては明家が侮られる可能性があるため、得策ではない。

そのため、結局のところ、挨拶に行くのは四夫人のみにすることにした。

それでも、我が実家、明家と同じくらいの権力を持った家柄の妃は二人だけ。あとの二人の実家は、それよりも下の身分だ。

しかし、逆に言うと、陛下からの寵愛が深いということでもある。

皇帝(私の場合東宮)の寵愛。

それは、私としては全くいらないものでも、後宮で一番重視されるもの。

陛下からの寵愛さえあれば、全くの庶民でも、下級妃になれるのだ。

それ故に、自分よりも身分が低いといっても、四夫人という皇后に次ぐ後宮内の権力者だけには、挨拶をしておかなくてはならないのだ。

面倒くさいことこの上ないが、仕事の一つと思えば、まだ耐えられる。

最初に訪れた場所は言わずもがな。貴妃、りょく紫蘭しらんの宮殿だ。

彼女は現在、皇帝の寵愛を最も受けている妃で、実家は私の実家よりもやや身分が低いが、それでも上級貴族であることに変わりはない。

幼い頃より美姫びきと謳われており、舞踊に楽器。詩歌音曲と、何でも満遍なくこなす天才だそうだ。

特に、横笛の演奏が素晴らしく、誰もが虜になるほどだという。

また、読書好きらしく、数年前に行われた後宮内の蔵書の増量は、彼女が皇帝に頼んだことをきっかけに行われたことらしい。

私としては、後宮の蔵書はあればあるほど嬉しいため、彼女の皇帝への「おねだり」には感謝していたりする。

当然、口にしたことはないが。

文才においても秀でているようで、資料として家に置いてあった、文官の採用試験問題を全問正解したこともあるらしい。

そのため、他の妃よりも個人的に気が合いそうだと勝手に思っていたりする。

そんなことを考えている間に、妃に返答を聞きに行った侍女が戻ってくる。

「お待たせいたしました。娘娘じょうじょうはお会いになられるそうです。こちらへどうぞ。」

とりあえず、会っていただけるようだ。

そのことに内心安堵しながら、侍女に案内され、私は貴妃の宮殿へと上がった。

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