第6話 取引 中編

 「…なぜお前は他の女とは正反対の要求をしてくるんだ?」

 ある程度落ち着いたらしい東宮の前に、無言で青茶を淹れた茶杯ちゃはいを差し出す。

 毒味と言えば聞こえは悪いが、東宮は、私が飲んだ姿をちゃんと確認していたらしく、特に何も言わずにそれを飲む。

 すると、よく見ていないとわからない程度に、東宮の表情が動いた。

 口にこそ出していないが、青茶の味に驚いたのだと推測することは易い。

 この青茶は、雪桔せっきという、数代前の皇帝が配下に治め――もとい奪った元同盟国であり、現在の我が国、綜竜の五つの州の一つである、雪桔州の特産品だ。

 

 余談だが、その州を治める貴族、ショウ家は、もともと雪桔の皇族であり、綜竜の支配下にありつつも現在まで先祖代々受け継がれてきた土地を守っている。

 

 ――まあ、その初代当主が女性で、兵部の特異な隊、対妖魔軍たいようまぐんの将軍を務めあげ、おまけに当時の皇弟の妃だったというのが凄いんだけど。

 

 信じられないような話だが、実話である。実際、男性又は元男性しか官吏になることはできないというのが常識のこの国での、唯一の例外が彼女だ。

 名を、しょう麗華れいかという。


 私が幼い頃より憧れ、尊敬している人物だ。

 私が武官になりたいと思ったきっかけの一つが、彼女の存在である。

 詳しい話をするには長すぎるが、「毒使いの女将軍」として名をはせた彼女のことは、この国どころか周辺国の者なら誰もが知るところ。

 

 そう、まだこの世界――現世うつしょに、あやかしがいたころ。

 そして、それを滅することが可能な、異能という力を持つものがいたころ。

 麗華を始めとした対妖魔軍、その他の異能者により、現世の妖が滅亡した時、異能という力も次世代へ受け継がれることはなくなった。

 

 とまあそんな逸話を持つ州の青茶、花蘭茶からんちゃは、青茶の中でも最高級の品質を誇る。

 結論から言えば、今目の前にあるこのお茶は、なかなか手に入らない、高級なものなのだ。

 宮廷で飲まれるようなお茶なので、上級貴族ですらなかなか買うことができないという。

 そのため、入内したばかりの妃がそうほいほいと淹れるようなお茶ではない――というのが一般常識だ。

 そんなわけがあるので、このお茶を出したことに、東宮が驚くのも無理はないのだが。

 

 そんなお茶を東宮に出した理由は至極簡単。

 事が少しでも上手く運ぶようにするための、小細工だ。

 侍女たちへの建前としては、ここまでのお茶を出すことで東宮からの印象を上げるため、ということになっている。

 

 まあ、印象の方向性は違えど、あながち間違いではないのだが。

 

 だから私は、東宮の小さな表情の変化に、あえて気が付かないふりをする。

 代わりに、自分がその条件を出す理由――独身志望であることと、留学を望んでいる旨を伝えた。

 

 案の定、それを聞いた東宮は、また絶句していた。

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