第2話 冷酷無慈悲な東宮、独身志望の姫
東宮。よほどのことがない限り、次代の皇帝となる者のことを指す。
現皇帝は三十八で、まだまだお元気な時期である。
が、彼の方が皇帝の位に就いたのが十七と若く、しかも次の年には同い年の妻との間に皇子をもうけたという幸運の持ち主だったため、その皇子こと東宮、
し、か、し。ここで問題が一つ。東宮は、かなりの女嫌いだったという点だ。彼の方はもう幾度も妃を迎えられ、その度三日と持たずに振出しに戻る。
また、公務においては冷酷無慈悲との悪評で、「冷酷な龍」という二つ名までつけられている。
まあ、そのようなことはどうでもいいのだ。私にとって問題があるのは…
「…お父さま?私が独身志望だと、貴族の皆様に説明して下さらなかったのですか?」
「・・・」
そう。私が困るのは、相手が東宮だからではない。縁談が来たことに対して、困っているのだ。
「私、言いましたよね?近隣国、ひいては入国可能な国へ、長期留学したいと。そこで書物だけでは体験できない世界を知りたいと。そのために、結婚はしたくないと。言いましたよね?」
私の、武官にも文官にもなれないことを知ってからの願い。より多くのことを知ることが出来たら。より多くの体験をすることが出来たら。
それをもとに、人の役に立つことを、人を笑顔にすることができるかもしれないと。そう、思ったから。
私は、小さい頃からあまり笑わない子だった。そのため、友人も少なく、特に気にしてはいなかったけど、俗に言う孤独な状態だった。
書物や、武術に没頭したのも、それが原因の一つかもしれない。
でも。人の、笑顔を見ることは好きだった。
お父さまが笑うのも。お母さまが笑うのも。お兄さまが笑うのも。偶然、怪我をした子供の手当をしてあげた時、お礼とともに笑ってくれたことも。
凄く、嬉しかった。
それが、顔に出ることはなかったけれど。
――出ていたら、また違ったことになったのかもね。
内心、自嘲する。
武官や文官になりたいと思ったのも、その思いの具体化だった。
なれないと知った時には、落ち込みはしたけれど。でも、それなら次の方法を探すまで、と。そう、思って。留学の話を持ち掛けた。当然、反対されたけど、持久戦に持ち込めば何とかなると踏んでいたのが、甘かった。
「…独身志望には鼻から信じていなかったし、留学に関しては何がどうなろうと反対しただろうよ。ただ…東宮との婚姻の打診が来るとは思わなんだ。」
兵部尚書として働いているお父さまは、東宮の人となりも理解しているのだろう。すこぶる暗い声色からして、噂にたがわぬ人柄だと考えるのは容易い。
「で、いつ向こうからの迎えが来るんです?」
ややぞんざいな口調で質問を変える。
皇族からの婚姻の打診――もとい、命令を退けるわけにはいかない。そんなことをしたら最後、向こうがどう思おうが、周りの貴族から不敬罪のレッテルを貼られ、最悪、懲罰。悪くて、爵位の剝奪。良くても降格という未来が待っている。要するに、即答するしか手がないということだ。もう、結婚の日取りまで決まっているのだろう。私に、抗う
「一週間後だ。それまでに、支度をしておいてくれ。」
「はい、承知いたしました。」
気が滅入る
三日分の本でも選んでおこうかな。
おそらく、否絶対、他の貴族のご息女とは異なった時間の使い方を思案する私だった。
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