幼なじみに憑いてる背後霊が全力で存在を主張してくるんだが

有紀すえ

第1話

 俺がいわゆる「視える体質」になったのは、つい一昨日のことだ。

 高校の入学式の帰り道、家族と別れてラノベの新刊を買いに本屋へ寄り、ラス一のサイン本をもぎ取ってほくほく顔で歩いていた時だ。怪しげな占い師と遭遇し、あれよあれよという間に俺は視える体質にされていた。

 あの占い師にもう一回会ったら、渾身の腹パンをお見舞いする所存だ。こう……ガッと。俺はやってやる。人なんて人生で一度も殴ったことないけど。

 いや、そんなことはこの際どうだっていい。

 小並感だが、今俺はとても大変な状況なのだ。


 幼なじみに霊が憑いている。


 見えた瞬間、マジかー……と頭を抱えてうずくまった俺を、心配そうな顔で駆け寄ってくるのは幼なじみの茉莉まりだ。

 もともと下がり気味の眉をさらに下げて、とたとたと走ってやってくる姿は百点満点の可愛さだ。おっとりぽやぽやの美少女が幼なじみな俺は人生勝ち組である。

 まあ、付き合ってないんですけど。

 問題は、茉莉の背中にくっついている、女の子の幽霊である。






「兄ちゃん! ご飯まだ?」

 四月二十日。桜の花びらが綺麗に散り、歩道の上でなんとも残念な姿になっている今日このごろ。

 妹の奈緒なおは、家に帰ってくるなり夕飯を催促した。

 制服は着崩されており、学生鞄に至ってはほとんど空っぽ。そんな状態でもこもこスリッパを引っかけて、駄菓子片手にキッチンへ乗り込んできた。

 鞄から携帯用ゲーム機を取り出したの、兄ちゃんは見逃さなかったからな。

「おー、もうすぐできるぞ。菜乃なのも呼んできてくれるか?」

 奈緒の双子の妹・菜乃は、不登校だ。極度のコミュ障に人見知りがあいまって、去年の夏ごろに「陽キャこわいむり。もう引きこもる」と宣言したっきり学校にどころか家から出ようとしなくなってしまった。

 気持ちは分かるが、さすがに学校には行ってほしい。俺だってコミュ障陰キャ童貞だけど頑張って高校行ってるんだし。

 ……まぁ、友達いないけど。

「菜乃はいらないって言ってたよ。固形物食べると眠くなるって」

「あいつまたネトゲしてんのか……」

 菜乃はいわゆる極度のゲーヲタというやつらしく、引きこもってからは元々好きだった育成系のゲームをやりこんでいる。

 対人戦闘ゲームではないあたりが女の子らしいといえばそうなのだが、某島づくりゲームのがっつり千五百時間プレイデータを見せられた時は卒倒しかけた。

 その他にも、レベルカンスト勇者の冒険の書が、完全別データで三個あったりする。十年以上前のゲーム機でプレイしているあたりがなかなかコアだ。

「もう抹茶アイスとかでもいいから、なんか食って……」

 菜乃の好きな銘柄のアイスを冷凍庫から引っ張り出すと、スリッパをぱたぱたさせながら奈緒はキッチンを後にした。菜乃を呼びに行ったんだろう。

 あいつは大の抹茶好き……ゲームをセーブして、いそいそとやってくるはずだ。

 ダイニングテーブルに置かれた、奈緒の携帯用ゲーム機は格闘ゲームのタイトル画面で止まっている。

 俺はそれを奈緒の鞄に突っ込んで、夕飯を運び始めた。生姜焼きの食欲をそそるにおいが、ダイニングテーブルを包む。

 どったん、がたがたがたがた、ばたん!

 ちょうどその時、慌ただしい音がして二階から勢いよくドアを閉める音が聞こえた。菜乃だ。慌ただしく階段を駆け下りてきたかと思うと、ダイニングの扉を開けて叫ぶ。

「アイス!」

 目を輝かせながら走ってくるのはとても可愛くて百点満点だが、行動は半分以上幼児のそれだ。

 明らかにオーバーサイズのパーカー(俺のおさがり)のみを着て生活しているがゆえか、それとも引きこもりで精神年齢が退行したのか、菜乃の行動はいろいろとおかしい。

 俺のおさがりをせがむ姿は非常にナイスでパーフェクトにプリティではあるが、兄ちゃんの精神衛生上あまりよろしくはない。彼シャツ、ならぬ兄シャツ、ひいては兄パーカーなのだ。

 いや、もちろんすごく可愛いのだが。

 うん、語彙力が遠く宇宙の彼方へ消滅してしまうくらいにはキュートなお姿ではあるのだが。

 それは兄ちゃんの沽券にかかわる問題になってしまう恐れがある……

純兄じゅんにい! アイス!」

 いそいそといつもの席に座りながらアイスをねだる菜乃。俺は苦笑して、

「純兄はアイスじゃないだろ」

 我ながら母親のようなセリフだ。

 うちに母親はいないから、同じようなもんかもしれないが。

 俺の家族構成はとても面倒くさい。

 まず、俺と奈緒・菜乃は、厳密にいうと兄妹ではない。いとこだ。

 俺の両親がふたりを引き取ったのだ。複雑な大人の事情とやらがあり、そこそこ小さいころから一緒に暮らしている。

 で、さらに、俺には五つ上の実姉がいる。美月という名の暴君だ。就職して一人暮らしを始めた今は落ち着いているが、ゴリゴリの元ヤンである。俺は姉に逆らうことなどできない。

 しかも、両親は仕事上あまり家に帰ってこない。あの姉さんが家事をするはずはなく、俺が必然的に家の仕事をしていたわけで……

 うん、そりゃあ、母親ポジになるわな。

 悟り顔で抹茶アイスとスプーンを持っていくと、菜乃はきらきらした顔でパッケージを開け始める。

 童貞の癖に父性が目覚めそうで大変遺憾だ。この可愛い生物は俺が守らなければ。

 あの夕日に固く誓うぞなどと脳内で叫んでいると、奈緒が呆れながらダイニングに入ってきた。

「菜乃、いい加減ゲームの同時並行は三つまでにしなよ。セーブめんどくさいじゃん」

 どうやら菜乃にセーブを投げられたらしい。なんだかんだと言いながらちゃんとセーブするあたり妹思いでほっこりする。

 ゲームの同時並行とか聞こえたが、一体菜乃はいくつハシゴしていたというんだ。

 とうの菜乃はきょとんとした顔で、首を傾げた。

「え、だって時間足りないし。今ソシャゲのイベントと別ゲーのピックアップ入ってるから」

「……そのソシャゲってもしかして」

「君のような勘のいいガキは嫌いだよーっ!」

 半分悲鳴のような声を上げながら奈緒の口をふさぐ菜乃。そのままきゃあきゃあとじゃれあいに発展している。

 ……せめて、短パンを履こうな、菜乃。

 淡い黄色のそれを出来るだけ見ないように顔をそらしながら、俺は明日の献立を考えることにした。

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幼なじみに憑いてる背後霊が全力で存在を主張してくるんだが 有紀すえ @S_sue

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