第8話 決行前夜

 大量の荷物を持参してタケシがヒバリの部屋を訪れる。


「オッケー、指定された色の絵の具買ってきたよ」

「ありがとうございます! ……すいません、こんな雑用みたいなことを頼んでしまって」

「いいよいいよ。今じゃ絵の具だって簡単には手に入らなくなってるから、俺の極秘ルートで入手するのが手っ取り早いんだ」

「違法薬物みたいな言い方するんじゃない」

「じゃあ姉御、俺もこっちで絵を描いていいよね?」

 人間が絵を描かなくなってから、絵を描くための道具は不要とされ売り場から姿を消した。工業用として使う場合はあるので手に入らないわけではないが、一般の文房具として並ぶことはない。


「ヒバリ様、失礼を承知で申し上げますが、こちらのリンゴはもう少し明度を落とした赤色ではありませんか。少なくともアンドウの目にはそのように見えております。形はサンふじデスが、色合いがジョナゴールドになっています」

「う、うん。そう、なんだけど、ね。これくらい明るい色にした方がおいしそうだな、って」

 ヒバリが描くリンゴは実物よりもより朱色に近い鮮やかな赤色だった。


「アタシは全然絵のことはわかんないけど……いや、リンゴの品種の違いもわからんけど」

 後ろから覗き込みながらイタルがつぶやく。

「これは絵だから。写真じゃないんだから、実物と寸分違わずなんてものを作る必要はないんだ。ヒバリちゃんが「美味しそうなリンゴを描きたい」って思いながら描いて、それを見た人が「これは美味しそうなリンゴだな」って感じたらそれでいいんじゃないかな。表現するってのは伝えるってことだからね」

「……なるほど。絵を描く行為は奥が深いデスね」


「ところでアンドー」

「はい?」

「アンタ、機械には強いか?」

「……イエスかノーで答えるならば、イエスになります」



「アンドウ、完成した絵なんか撮ってどうしたんだ?」

 彼女は立てかけられた絵画にスマホを向けて撮影している。

「これを編集して……アップロード完了デス」

 スマホの画面を皆に見せるようにかざすと、動画サイトへの投稿が完了していた。

「絵を画像化するだけではいくらでも加工できると言われてしまいますから、動画にすることで少しでも本物の絵だと思わせることができるかと」

「わぁ、すごーい。アンドウさんよく思いつきましたね」

「ルッテ様のアイディアデス。創作活動を行うにあたって披露する場があった方が良いとの判断デス」

「こないだも撮影してたし、こいつの方がそういうの得意かなって。勝手な落書きは怒られるかもだけど、自室で描いた分を投稿するなら違法行為はしていないもんね」

「子どもの成長を見守る親の気持ちがわかりました。ロボットミー株式会社にはない発想デス……こども委員、恐るべし。むっ、早速コメントが」

 アンドウは投稿後の反応を細かくチェックして、否定的な意見に対して全面戦争を仕掛ける勢いの反論を書き込もうとしてイタルに止められていた。



「さて、諸君らに良い知らせと悪い知らせがある……んー、ちょっとタンマ。やっぱその前に決めておかなきゃいけないことがある」

 唐突に立ち上がって謎の決めポーズを取りながら話を切り出すイタルに、一同は不思議そうに彼女を見る。

「決めるって、何を?」

「決まってるだろター坊。アタシたちのだよ」

「ええっと……どういうことでしょう」

 困惑するヒバリにニヤリとほほえみ、再びアンドウのスマホを掲げる。

「絵を投稿したけど、今のままじゃただの名無しの一般人がちょっと絵でも描いてみた、くらいで話題にもなりゃしない。そこで、だ。アタシたちが絵描き……いや、もっとド派手にパフォーマンス集団だってことをみんなに知らしめてやるのさ!」

「ふむ……つまり認識してもらうためにも固有の名称を名乗るべきと。その意見に賛成します」

「あー……確かにその方がわかりやすいかも。有名な人って特徴的かつ覚えてもらいやすい名前してる印象あるし」

「でっしょーう」

 ふふんと鼻を鳴らす。


「まーヒバリちゃんは朱雀SUZAKUだっけ……の方がわかりやすいかもね」

「確かに。分かる人からしたら一発でピンとくる名前だし」

「は、はい。私、朱雀すざくですね。わかりました」

「それなら俺も呼び間違える心配はなさそうだ。朱雀先生せんせーって言えばいいし」

「せ、先生はつけなくても……」


 やり取りを見ていたアンドウが何やら思いつく。

「呼び慣れた名前が良いのであれば、お二人はやはりルッテ様とターボ様にした方が」

「「却下」」

「速攻で否定されてしまいました」

 しゅんとうなだれる。

「でもまあ、わかりやすくて覚えてもらいやすい方がいいってのはその通りだな。アタシそういうこだわりって無いからなー」

「姉御ってゲームのキャラ名デフォルトから変更しないタイプだよね。ユーザー名も名前と誕生日とかで統一してそう」

「よくわかったな。安直すぎるって言われるわ」

 パスワードも安直なんだろうなと思うが口には出さないタケシであった。


「……ふむ、演算終了。名前について一つ提案があるのですが」

「またろくでもない名前じゃないでしょうね」

「今回はしっかりと根拠をご用意しました。まず……」

 じっとタケシの方を見る。

「ターボ様……玄野くろのたけし様」

「お、おう?」

「ターボ様はお名前に『玄』と『武』の文字が入っています。それを組み合わせると玄武げんぶになります」

「なるほど、確かにそうなるな」

 タケシが感心していると、今度はイタルの方を向く。

「そしてルッテ様のお名前は上白石かみしらいし虎流いたる様」

「ん……ていうかちゃんと名前わかってるじゃん!?」

「こちらには『白』と『虎』の文字が入っており、組み合わせると白虎びゃっことなります」

「あー確かに姉御はトラみたいに凶暴……じゃなくて気高くて美しいからナー」

「はっはっはっター坊、それでごまかせたとでも?」

 拳を握り、指の骨をポキポキと鳴らす。狩りの準備は万全だ。

「そしてお嬢様は先程から言われているように朱雀の文字が入っています」

「あっ、は、はい……」

 背後で繰り広げられているサバンナの如き弱肉強食の惨劇を無視してアンドウは続ける。

 部屋を覗きに来たメジロの「お静かに」の言葉でサバンナは終了した。


「そして最後に。私の名前デスが」

「アンドーだろ」

「アンドウでしょ」

「アンドウさん」

「はい皆様のアンドウデス。……ではなくて。お忘れかもしれませんが正確にはUnripeDragoon、略してアンドウデス」

「初めから短く略されてるじゃん。アンドーはアンドーで良いってこと?」

「いいえ。私の名前は日本語に直すと『未熟な龍』となります。そして未熟というのは青い果実や青二才といった風に、日本では青いと表現されることもあります。つまり私は青き龍、『青龍せいりゅう』と言えます」

「アンドウが龍とか格好良すぎる」

「ははぁ、なるほどね。読めてきたよ」

 イタルはうんうんと頷き、続きを待つ。


「これら玄武・白虎・朱雀・青龍というのは中国の神話に登場する霊獣、いわば神様なのデス」

「ふんふん。えっ、てことは俺たち神様の名前名乗っちゃうことになるけどいいのか」

「良いも何も、アタシたちは神様の名前を宿してるって話だろ」

「あっ。た、確かに、そういうことになりますね」


「というわけで我々の活動名デスが、パフォーマンス集団『四神』というのはいかがでしょう……か」

 顔色をうかがうようにアンドウが提案する。

「アンドウにしちゃあまともな提案じゃないか」

「アンドウにしては……気になる言い方デス」

「それは今までの行いを胸に手を当てて考えてみな……それはともかく、アタシも良いと思うよ。ヒバリちゃんはどう?」

 胸に手を当てるが何も思い当たるフシがない表情を浮かべるアンドウをよそに、ヒバリに問いかける。

「わ、私も良いと思いますっ。その、みんなで一緒になって活動するのって初めてで、楽しそうだなって」

 そう言ってはにかむ彼女は心の底から今を楽しんでいる。ほんの数日前まで引きこもっていたことなど忘れているくらいに。


「よし、アタシたちはみんなで一つのチームだ。チーム四神として頑張っていくよ」

「「「おーっ」」」

 一丸となったところで思い出したようにタケシが続ける。

「そう言えば姉御、さっき良い知らせと悪い知らせがあるって」

「おおっと、忘れてた。どっちから聞きたい?」

「え、ええっと……」

「こういう時は悪い知らせから聞くのが一般的かと。その後にそれを上回る悪い知らせが待ち構えているので、体を慣らさせておきましょう」

「ええっ」

「そりゃ『悪い知らせともっと悪い知らせ』の場合の話だ。どっちからって言ったけど、二つは関わりのある内容だからどっちでもおんなじなんだけどさー」

 ずっと立ったまま話していたイタルだが疲れたのかその場に腰掛け、元々座っていた三人と視線を合わせる。


「まず、こないだアタシたちがプラネタリウムを見ようと訪れた科学館、あれの解体日が決まった。残念ながら思い出の場所はなくなってしまう」

「そんな……あ、でも」

 最初はショックを受けていたヒバリだが、すぐに落ち着きを取り戻す。

「でも?」

「いつまでも過去にとらわれてちゃ、ダメなんですよね。変わらないのが当たり前だと思っているからこそ、変わっていくことが思い出になって残るっていうか……」

 タケシが深く大きく頷く。

「言いたいことはわかるよ。機械が描いた絵は美しいし、いつだって見られるしいつまでも変わらず残っている。完璧なんだ。それに比べたら人間が紙に描いた絵って、いつかはなくなっちゃうってのがわかるし、同じ絵は描けない。それに本物は一つだけだからその場に行かないと見られないわけだ。不完全だし、不便だ。でも、それと作品の価値がイコールってわけじゃない。あのトンネルの絵だってもうなくなっちゃったけど、残っていても消されても、俺たちにとってあの絵の価値が変わることはないからね」

 タケシの説明にアンドウは煙を上げている。

「難しいお話デス……実物が消失することが価値の消滅ではない、と……? ルッテ様はおわかりデスか」

「アタシに振るな」

「うーん……なんて言ったら良いのかなー。ああ、人間のアート作品に対してこんな風に言われてたんだよ。『人間の作品は作り終えたら完成じゃない。それが破壊される――か、もしくは人の手で破壊する。その作品が時に完成する』んだって」

「……なるほど。機械が作品を自ら壊すなどありえないデスから、機械にはない発想デス」

「終わりがあるからこそ美しい、って考えですね」

「そうそう。やっぱりヒバリちゃんはわかってくれるよ~」

「え、えへへ」

 両手を握って腕を上下に振って共感の喜びを表現する。


「ん~、それじゃあこれはやっぱり良い知らせで良かったかな」

「そういえばそっちをまだ聞いてなかったね」

「ああ。それでは改めまして――四神の諸君、よく聞けっ。なんと、四神の初舞台が決定したぞ!」

 再び謎のポーズ。どこかの国の指導者の銅像みたいだ。

「初舞台って……どういうこと?」

「簡単に言えば、動画投稿用にカメラの前でパフォーマンスしてもらうってことさ」

「つまり、トンネルの時みたいにアンドウさんが撮影するみたいな……?」

「そうそう。施設内の壁面をキャンバスに見立てて、あの時みたいに好きなだけ自由に絵でも何でも表現してくれて構わないってこと。あ、許可はちゃんと取ってるから大丈夫」

 ブイッとピースサイン。

「へー、いいじゃん。いつどこでやるの?」

 タケシの問いに少しだけ目を細め、一呼吸置く。


「場所は科学館。そして解体日は明後日の朝だ」

「……え?」

「つまり、タイムリミットまであと一日とちょっと。どうだい、燃えてきたろ?」


 ――それは、四神による初パフォーマンスの決行前夜のこと。

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