第2話 言葉よ、君に届け
さて。
ちなみに渦中の朱空ヒバリは一旦部屋に戻され、家人のメジロは近所の住人に騒ぎを起こしたことを謝っている。
よって座についたのは三名。
「アンタねぇ、いいかげんにしなさいよ! あんな荒療治でいきなり引きこもりが解決するわけないじゃない。アレで治るのはター坊みたいな単細胞くらいのもんよ!」
「おっと姉御、事実は時に人を傷つけるんだよ」
ソファーから立ち上がり息巻くイタルをまぁまぁとなだめて再び座らせる。
一方、何が悪かったのかわからないという表情でキョトンとするメイド。
「ええと……そもそも貴方方は依頼主とどういったご関係デスか。私も仕事デスから、無関係の方にとやかく言われても困るのデスが」
「デスデスうるさい! 無関係じゃないっての。アタシたちは『こども委員』から派遣されてきたんだから」
その言葉に反応して、彼女は考える仕草を取る。
「コドモ委員……ふむ、正式名称はこども不適合者更生委員会、通称こども委員と呼ばれている方デスね。……おや、つまり同業者。ということは、まさか私を失脚させて手柄を横取りしようとするライバル企業の手の者では!? 負けません、そんなモノには負けないのデスよ!」
表情は崩さずに驚いてみせたり握りこぶしを突き上げたりするのはシュールな光景だった。
正確には少しくらい崩れているのだが誤差の範疇だ。
ただ、無表情の割に背景で炎を燃やしているようなポーズを取っているのがちぐはぐしていて緊張感に欠ける。
「いや、俺たち別にお金もらってるわけじゃないし」
「ンンー?」
タケシの言葉に不思議そうに首を傾げる。
「俺たちはただのボランティアだよ。だからこんな高校生でもこども委員として活動できるんだ。何も敵対したいわけじゃない。むしろ目的は一緒さ」
「ナント、そうだったのデスか……これは失礼をいたしました。我らは敵対ではなく共闘、つまり同盟関係にあるということデスね」
彼女は立ち上がり、深々と一礼する。
実は本当にただのメイドなのでは、と二人は一考する。
「えーっと、ところでメイド……じゃない。アンタの名前は? なんて呼べばいいのよ、ややこしいったらありゃしない」
もはやメイド呼びが定着しそうになっていたが、改めてイタルが問いただす。
「申し遅れました。改めまして、私はロボットミー株式会社の精鋭更生員、UnripeDragoonと申します」
「……は? なんて?」
「あ、やっぱ日本人じゃないんだ。そりゃそっかー」
あまりに流暢な発音のため、二人とも聞き取れない。
「コホン。……えー、アンラィッフドァグゥンと申しマス」
「……?」
「…………?」
「………………アンドウと申しマス」
アンドウは諦めた。
「なんだアンドーね。もう、ややこしい言い方するんじゃないってのもー」
「アンドウってことはやっぱ日本人か。メイド服姿だとそうは見えないなぁ」
好き勝手言う二人を見ながら「円滑な業務遂行には日本人的『空気を読む力』が必要だというのは本当だったんデスね」と思うアンドウだった。
「ところでお二人のことはなんとお呼びしたらよろしいでしょうか」
イタルはニヤリと笑いながら
「こいつはター坊。で、アタシは
「あっ、ちょっと姉御。ちゃんと紹介してくれよ。そんなこと言ったら姉御だって姉御じゃん」
「あはは、ごめんごめん。今のは愛称だから。えーっと、改めてこいつが――」
イタルの言葉をアンドウが遮る。
「了解しました」
「え」
「『ターボ』様に『イタルッテ』様デスね」
「ちょ、え、ち、違っ! アタシは『いたる』だって」
「アア、失礼。ターボ様は愛称デスから、イタルッテ様も愛称でお呼びするべきでした。ではルッテ様とお呼びしますね」
「だーっ! おい、待て!」
「アハハ、姉御が慌ててる。おもしれー」
「おいアンドー、アタシの名前はだなーっ!」
何度訂正しても直らなかった。
「……で、話を本題に戻すよ」
「本題って何、ルッテの姉御」
「うるせぇターボ野郎」
「? 何故怒っているのデスか」
二人がアンドウを睨みつける。
自分が原因だとは微塵にも思っていない涼し気な表情を浮かべていた。
「アンタ、『更生員』だって言ったでしょ」
「はい。アンドウはそれはそれは優秀な更生員デス」
「自分で言っちゃうんだ……でも姉御、それがどうしたの?」
タケシがイタルの方を見た時、彼女の目はずっとアンドウを睨んでいることに気付く。
「パジャマ姿のヒバリちゃんを無理やり部屋から連れ出した優秀な更生員サマにお聞きしますが、あれからどうなさるおつもりだったのかなと思いまして。怯える少女を外に出して、それで引きこもりは解決したとでも?」
口調は丁寧だが、言葉の端々に怒りがにじみ出ている。
これはガチでブチギレている。
そう感じたタケシは重々しい空気に耐えきれないと、苦々しい顔をする。
「……そう、デスね。あれは失敗でした。彼女には悪いことをしてしまいました。アンドウは海より深く反省しています」
意外な反応に二人は戸惑う。
「認めちゃうんだー……反応に困るなぁ」
怒りの矛先を急に失い、握りしめた拳は空振りに終わる。
「正直に申しますと、更生員としてはこれが初めてのお仕事なのデス。右も左もわからず、過去のデータを参考に成功例を真似てみたのデスが、上手くはいかないのだと痛感しました。対処法も人それぞれなのデスね」
「優秀な更生員とか、ただの強がりだったってワケ? ……はぁ、このド素人がって思ってたら本当にド素人じゃないの。あーもうっ、どんどんやり場のない怒りが溜まっていくじゃない。ター坊、アンタ何とかしなさい」
無茶振りされたタケシは「ええっ!?」と驚きつつも一言。
「でも、姉御の解決策も無理やり部屋から連れ出してるんじゃ」
待ってましたとばかりにイタルの拳がより一層強く握られる。
「よーしよくぞ言ってくれたな。――アタシも成長してるんだよっっ!!!」
ストレス発散の一撃。
正論であればあるほど威力を増すそれはタケシの脳天に直撃した。
「ぐはぁぁ!!!」
「……おそらくデスが、ターボ様は悪くないのでしょうね、きっと」
二人の関係性を察したアンドウだった。
「じゃあター坊、改めて聞くけどアタシは何に対して怒っていたと思う?」
「えーっと、そうだなぁ……」
「復活が早いのデス」
「ネタバレするとそんなに痛くないように手加減してくれてる」
そんな生易しい音ではなかったはず、と思いつつも空気を読むのが正解だと察したアンドウは言及しなかった。
「ひばりちゃんを本人の意志に関係なく無理やり連れ出したこと、とか?」
「おっ、ター坊にしちゃあよく出来ました」
子犬を撫でるようにガシガシと頭を撫で回す。
「えへへー。褒められた」
強めのブラッシングに見えるのだが、当人は嬉しそうな表情だ。
タケシはしたり顔でイタルに言う。
「だって姉御言ってたじゃん。『こども委員の心得その一、こちらの意見を押し通そうとするな。本人の意志を尊重せよ』って」
「ちゃんと覚えてるね。上出来上出来。ま、そういうこと」
二人の会話を聞いてもなおアンドウは納得がいかないようだ。
「? つまり、彼女は拒絶していたと……? 外に出ることは拒まれていなかったと思うのデスが」
「それは拒否する猶予もなくアンタが連れ出したんでしょーが。そもそも知らない大人が突然部屋に入ってきたら、怖くて声も出せないっつーの」
「しかし、最後に彼女は叫びました。つまり拒絶するという行為自体は可能だったのデハ?」
「っ、あのねぇ」
「安藤さぁ、もうちょっと相手の立場になって考えてみようぜ」
苛立つイタルを遮るようにタケシが続ける。
「相手の、立場」
「そう。突然知らないやつが現れて、自分をひょいと持ち上げられたら何されるかわかんねーじゃん。暴れて下に落とされたら痛いじゃん。だったら何もしないでいることが一番の防衛手段になるわな。んで、突然パジャマで外に連れ出されたら恥ずかしいじゃん。きゃーって声も上げたくなるさ。それだけだよ」
「……つまり最後の叫び声は拒絶ではなく、ただの条件反射だった、と」
「よくわかんないけど、そうなんじゃないの」
「フム……子どもというのは難しいものデスね」
「そう、難しいんだぜ。単純なだけにな」
そのやり取りを見ているとイタルの怒りは吹き飛んでしまい、ふっと笑みをこぼした。
「アンドー、率直に聞くよ。アンタにとって『更生』ってのは何だ」
口調は相変わらず厳しいが、彼女を否定するためというよりは見定めるように質問する。
「? 社会復帰、ということでは」
「そう、その社会復帰ってのは何を意味するんだって話」
「難しい質問デス……更生の定義ということデスね……。つまり、何をもって更生が成功したとみなすか、と」
思案します、と言ってアンドウは口に手を当て考える。
しかし答えが出ず、頭から煙が出るほど悩んでいる。
「なぁ姉御、それってこども委員の理念としての『正しく立派な大人になる』ってことじゃないの? ――あいたっ」
タケシの頭を小突く。
「その『正しく立派な大人になる』ってのはどういう意味かって話をしてるんだよ」
「うーん?」
「じゃあ正しい大人になるってのは何か。周りの言うことを聞いて何を言われても断らず、嫌な顔ひとつせずに従い続けるのが正しい大人になるための、正しい子どもの姿だって思うか?」
「それは――違います」
今度はアンドウが返事する。
「子どもには自由が与えられるべきデス。選択肢が示されるべきデス。同じ結果になるとしても、それは本人によって決定づけられるべきなのデス。生まれた時から生き方が決まってしまっているというのは、おかしいと思います」
ああ、と彼女はそれを口にして気付いた。
「……つまり、私は彼女の選択肢を奪ってしまったのデスね。自らの意思で外に出ようとする自由を奪い、更生員の一存で引きこもりを解消させようとした。なるほど、これでは更生員失格デス……」
「安藤……」
「かくなる上は自爆してお詫びを」
「いや安藤!?」
「ああ失礼。日本風に言えば『セップク』でしたね。いやあ、アンドウとしたことが失敗失敗」
「なんで無表情のまま言うんだよ! すげー怖えーだろ!」
取り乱すタケシに対し、イタルは落ち着いた様子で
「ここで終わらせんじゃないよ。このままじゃあの子には永遠に選択肢が与えられなくなっちゃうでしょ。むしろこれはチャンス。あの子はたまたまハズレを引いただけ。もう一度、別の
と、笑いながら言った。
「格好をつけているところ申し訳ありません。汚名は返上するものデス、ルッテ様」
「こっ、細かいことは良いの! くそっ、やっぱりアタシはルッテのままか」
細かいことを気にするなぁと思いつつも口には出さないタケシであった。
「お嬢様、ヒバリお嬢様。私デス、アンドウデス」
ドアをノックする姿はさながらメイドである。
「いやアンタの名前知らないでしょ」
「そうでした。改めまして、アンドウと申します。先程のご無礼をお許しください。もう一度お嬢様とお話がしたいのデス。ここを開けてはもらえないでしょうか」
しばらく待つも、ドアが開かれる様子はない。
「ふむ、やはり鍵がかかっています」
ドアノブに手をかける。
「ふっ」
ガガガッ。
「ひっ」
扉の向こうで小さな悲鳴。
「アンドーっ!」
彼女は少しだけドアノブを振動させるがその手をすぐに離した。
「……このドアを無理矢理開けるのは簡単デス。しかしそれでは意味がない。お嬢様、貴女自身の手でこのドアを開けていただきたいのデス」
「…………」
部屋の内側から、息を呑むような沈黙。
「ヒバリちゃん、アタシたちはアナタをこの部屋から出すのが目的なんじゃない。ただお話がしたいだけ。誰も怒っていないし、怖がらせるつもりもない。最後はヒバリちゃんの意思を尊重する。だから、ね。まずはお姉さんたちに顔を見せてくれないかな?」
優しく語りかけるも、やはりドアが開かれることはなかった。
「うーん……出てくる気配はなし、かぁ」
聞こえないようにポツリと呟く。
「んー、二人ともさ、相手に委ねすぎじゃない? 引きこもりに突然そんなこと言ったってさ、怖いに決まってるじゃん」
タケシの指摘に二人はぐうの音も出ない。
「よしっ、そんじゃ俺のターンね。元引きこもりの実力をなめるなよ」
大きく深呼吸して強く扉をノックする。
「えーっと……こんにちは、ひばりちゃん。俺は
威勢よく話し始めたのは良いが、ノープランで突撃したために徐々に言葉尻が小さくなっていく。
「おいター坊。さっきまでの勢いはどうした」
耳元でささやくイタルを「い、いいからっ」と追いやって再びヒバリに話しかける。
「一度引きこもっちゃうとさ、引っ込みがつかなくなるっていうかそれが日常になっちゃって、急に出てこいとか言われたらその当たり前が脅かされるみたいで怖いよな。俺もそうだった。このまま緩やかに年をとって、誰にも知られずに死んでいくんだろうなーって思ってた。今でもそうしたいよ、ずっと引きこもってたら楽だと思う」
イタルが後方で「そりゃ駄目だろ」と小さく呟く。
「でもさ、俺はここにいるこわーい……じゃなかった、すごーいお姉さんに連れ出されて、引きこもり期間は終了しちゃったのさ。永遠の夏休みなんて、本当に永遠には続かないんだよな」
ちらりとイタルを見て小さく笑った。
「ルッテ様がターボ様を更生させたのデスか?」
「まぁ、ね」
「そうやってさ、引きこもりが終わる時って何かきっかけが必要なんだよね。本当はこんな生活じゃ駄目だってわかってるけど、自分の意志で出てきたのにまた上手くいかなかったら今度こそもうおしまいだって思うと、どうしても自分からはきっかけが作れない。――だからさ、全部俺たちのせいにしていいよ。もしも上手くいかなかったら全部俺たちが悪い。君は何も悪くない」
「…………っ」
部屋の中から、かすかに声が聞こえた。
「さっき、無理やりアンドウが外に連れ出したじゃん。死んじゃうくらい怖かっただろ。死んじゃうくらい恥ずかしかっただろ。全部こいつのせいだから。アンドウが悪いから」
「アンドウ、悪者にされてませんか?」
「いいから黙ってなアンドー」
諭されるが、納得いかないという顔でタケシを見る。
だが、彼の演説は悪くないとも思える。
「でもさ、同時に『あれ、死んじゃうほどでもないな』って思ったりしなかったか? 部屋の外が異世界だったり異空間だったとしても、息ができなくて死んじゃったり魔物に襲われて殺されちゃったりするような場所でもないんだなって。何よりあんなに大きな声が出せるじゃん。しっかりと意思表示できるし、君なら上手くやっていける。君の姿を見たのはほんの少しだけだったけど、君の目は生きるのを諦めてるような目じゃなかった。無気力に、日々怠惰を貪りたいって感じの子じゃなさそうだった。本当は、何とかして変わりたいって思ってたんじゃないのか」
ゆっくりと、しかし力強くタケシは話しかける。
用意していた言葉ではなく、己の経験と実際の少女を見て感じたことを素直に自分の言葉で語る。
後ろで二人も固唾を飲んでその様子を見守る。
「……きっかけ……あれば、でも、こわい、……です」
部屋の中から彼女の声が聞こえる。
おそらく近くから聞こえる声、彼女もまたドアの前まで移動していた。
「今日の出会いがきっかけなんだ。俺はもちろん、後の二人も諦めが悪くてしつこいからさ、きっと今日が駄目でも明日も来る。明日が駄目なら明後日も。明後日が駄目ならまた次の日も。そうやって毎日つきまとうから。もしも嫌だなぁって思うんなら早めに終わらせないと、また『きっかけ』失っちゃうぜ」
「…………」
扉の向こうで、少女は悩んでいる。
これが本当に最後かもしれない。
無理やり部屋に押し入って外に連れ出すなど、今まで誰一人やったことがない。
しかし、実際にそんなありえないことが起きてしまったのだ。
しかも彼の言う通り、案外大したことないなとも思ってしまったのだ。
まるでテレポーテーションしたみたいに外に出されたけれど、外の世界は昔と変わらずそこにあって、居心地の悪さは自室と変わらないのだ。
だったら、意地を張って引きこもることと同じくらい、部屋の外に出てみることは簡単なのだ。
部屋の外に出るには準備運動と長い長い助走が必要だと思っていたけど、必要なのは助走ではなく、開始の合図だったのだ。
「笑われたり……しませんか……こんな、引きこもり……」
自分を嫌いになって、もう鏡を見ることすら嫌になって、醜い怪物にでも変わり果ててしまったと思っていたのに。
彼らは笑わなかった。
自分はまだ、人の姿を保てているんだと気付かされてしまった。
他人と接することがなければ考えずに済んだのに。
「君は今、サナギなんだ。サナギって中身はドロドロしていて、いわば何者でもない状態なんだ。後は成虫になって、美しい羽を広げて飛び立つだけ。俺たちは何者でもない君を固めるための、潤滑油……いや接着剤……なんか違うな。うーん……そう、栄養みたいなものかな。君がきれいな蝶になって羽ばたく姿を見たいのさ」
「……蝶。きれいな、蝶。……なれ、ますか」
「もちろん! だって君、可愛いじゃん」
「――っ!!」
タケシの言葉に動揺しているのが扉越しにも伝わってくる。
この数年、上辺の言葉で説得されたてことはあっても、ここまで感情をあらわにしてぶつけられたことなどなかったのだ。
それも年上とは言え、大人ではなく同じ子どもに。
揺さぶられた感情は振り子のように自分の欲求を押し出してくる。
助走なんて無い。
ただぶつかって、それを合図に次の球が動くだけ。
そう、それは合図。
カチャリと、鍵を回す音が鳴る。
ドアが開く。
次は彼女が押し出される番。
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