私の膝枕の価値は。

矢桜香苗

――


 ニート無職だと生活が苦しすぎる。

 もう田舎に帰ってしまおうかと思ってしまう程に、超貧乏だ。

 あれだ、貧乏ガールに出演出来るレベルで貧乏。


「毎朝の食事は霞です。何も食べる物がないので一生懸命空気を食べてます。お昼になるとバイト、カラオケ店での店員さんをやっているのですが、ここでは何と無銭飲食が出来ます! こっそりとジュースを飲んで、揚げたてのポテトフライを口にして、もうホクホクです。夕方にはレストランのバイトです。賄いをお願いすると余り物で適当にその日のバイト君が作ってくれます。もう彼と結婚してもいいくらいに美味しい。そして朝が来ます。人生の目標ですか? 今の所なにもありませんね。強いて言うのならば……変な男に騙されないことですかね」


 ダメじゃん、今の私。前園の所なんて死んでも戻りたくないけど、行きたいとこも無い。

 憧れてた観光業界に就職したのにアイツのせいで退職しちゃったしなぁ。

 お先真っ暗もいいとこよ、ほんと。


「おーっす、香苗、お久」


「唯ちゃん久しぶりー! わー! なんだか声聞くだけでも嬉しい!」


 築三十年のボロアパートの一室で世の中前園に恨みを吐いていたら、数少ない所持品の一つであるスマホがブルブルと鳴動してくれて。前園からだったら嫌だなぁ……と思いながら薄目を開けて着信者の名前を見たら、大学同窓の佐藤唯ちゃんからだった。


「いやさぁ、噂で聞いたんだけど、アンタ離婚したんだって?」


「離婚なんてしてません~、クズから逃げてきたんですぅ~」


「お見合いだったんでしょ? 御曹司だったじゃない、それをクズって」


「だってクズだもん。私、物じゃないし、奴隷じゃないし、オナホじゃないし」


「はいはい、じゃあさ、久しぶりにウチのボドゲ同好会参加しない?」


 言いたい文句は山ほどある。

 だけど唯ちゃんの方から私の愚痴は切り上げられ、連絡してきた一番の目的を告げられた。

 佐藤家にて開催されるボドゲ同好会。これは大学時代から続く彼女主催のイベントだ。


「あ、いいね、お金なくて新しいの何も買えないんだ。いくいく」


「男もいるんだけど、いいよね?」


「別にいいよ。ボドゲ好きに悪い人いないって信じてるし」


「あはは、OKOK、確かにそうだ。んじゃ明日私の家ね」


「明日って、社会人に言う約束の時間設定じゃなくない? そんな急に言われても」


「無職なんでしょ? 毎日が日曜日じゃない」


「ぐは」


「じゃ、そういう事で」


「あいあい」


 うー久しぶりだなぁ。前園と付き合ってから全部禁止されてたから、もう欲求不満が凄い。

 昔ながらのなら良いんだけど、新しいのとか何があるんだろう? 

 ちょっと動画で調べてみようかな……あ、マジカルシリーズ新しいの出てるんだ。

 へぇ……。ルールとかどんなんかな。あ、面白そう。




 はい寝坊したー! 無職ニートなのに寝坊したー! 

 男も来るとか言ってたけど、デートでも合コンでもないしお化粧とか適当でいいよね!

 服装もツイスターする訳じゃないし、ロングスカートの適当なガーリー系で!


 うは、タクシー代たっか、自転車で来るべきだったかな。

 でももう大遅刻だし、どうにもならんし。

 帰りは誰かの車に乗せて貰えばいいや。

 

「きゃー! 唯ちゃん久しぶりー!」


「きゃー香苗久しぶりー! 変な男につかまって大変だったねぇ!」


「もう聞いてよ本当に最悪だったんだから! 何なのあの時代錯誤のクソ野郎! アタシの事オナホ扱いしちゃってさぁ! こっちは処女でも何でもないっつーの!」


 旧友に再会した歓びと、前園への積もり積もった怒りの捌け口が合致した瞬間。

 私の脳内は一瞬で女子会の真っただ中へと変化してしまっていた。


「ちょ、ちょっと香苗」


「え? あえ?」


 こちらを見て微妙な笑顔を浮かべている男共。ふんだ、別にいいし。これぐらいの下ネタの会話ぐらいオブラートに包んで受け取って欲しいもんね。それが出来ないなら帰れ帰れ!


 多少の自己紹介と軽食つまみながら近況報告なんかもして。

 唯ちゃんの交友関係って広いなぁ。半分以上知らない人で席が埋まってる。


「さ、じゃあグループ分けするわね。十一人だから、五人と六人に別れて」


 グーパーで別れた私の前には、昔懐かしのカルカソンヌというボドゲが用意された。

 と言っても日本用に再販されたものだ。街を大きくしたり道や領土をポイントにするゲーム。


「あ、じゃあ私は街を貰おうかな」


「さてと次は僕かな……ねえ、君さ」


「うん、なに?」


「さっきの話、何だか大変そうだったね」


「……ああ、前彼の話? 聞いても楽しくないよ? 聞きたい?」


 横に座った男性……確か井上君に、私は前園との事を多少の誇張を交えて話題にした。

 ストレスの発散も兼ねてたのだと思う。誰かに伝える事で多少はスッキリするし。


「本当、世の中にこんな男がいるんだって驚いたよ。処女じゃないのか……なんて言われたの初めてよ。それに酷いのがさ、生理になったって言ったら早く治せって。生理は病気じゃねーんだわ、毎月一回なるもんなんだわ。痛い痛いって言ってるのに何もしてくれなくてさ」


「あはは……それは酷いね」


「ね、理解してくれる井上君、本当に良い子だわ。おばちゃん頭撫でてあげようか?」


 冗談交じりで言ったら、ずいって頭出してきたから、いい子いい子してあげた。

 ノリがいいな、私はこういうのが好き。着飾る必要もないし、適当でいいし。

 

「井上君も大変だったんでしょ? さっき唯から聞いたよ? 仲介役したのに上手くいかなかったんだって、ちょっとしょげてたし」


「……そうだね、今度佐藤さんに何かお返ししなきゃかも」


「ああ、唯の話は置いといて。井上君は? 冴羽さんとはどうだったのさ」


「……彼女は良い子だった。僕には勿体ないくらいの子だったよ」


「ふぅん。そっか。あ、やた、城完成した」


「うわ、しかも城の旗付きじゃないか。えっと……一気に三十点?」


「ふへへ、私の勝ちー、ねえねえ、他にも遊ぼうよ」


「うん、いいよ」


 正直、私はここの人達に対してふるいに掛けていた。女の生理の話なんか聞きたくないって男の方が多いし、前彼の話とかも興味があるはずがない。唯ちゃんの周りにいる男に変なのがいないか、チェックも兼ねての話題だったのだけど。


「何か、みんな寝ちゃったね」


「ボドゲ同好会って名前の親睦会みたいなとこがあるからね。佐藤さんの交友関係の広さには脱帽するばかりさ。どうする? 二人だけならドラスレでもする?」


「あ、いいね。私ドラキュラの女の子が可愛くて好きなんだ」


「ん、じゃあ僕は狼男かな」


「お、モンスター同士だね」


「……そうだね」


 モンスター同士。別れたばかりの者同士。

 何故だかこの人と話をしていると疲れなくて良い。

 自分が自分のままでいられる。


「ねえねえ、協力してこのクエストクリアしよ」


「OK、じゃあ僕もリソース使って挑むね。……お、クリアだ」


「やったぁ! ふふ、この調子ならドラゴンいけるかもね」


 井上悠一君か……こんな人も世の中にはいるんだな。

 



 ……あれ、寝ちゃってた。いけない、今何時……って、気にする必要ないか。無職だし。

 曜日感覚も何も分からないや。分かるのは誰かが私の膝に――。


 周囲の人たちが片づけを開始している朝八時。

 そんな眩しい朝を迎える私の膝を枕にして、井上君は静かな寝息を立てているのでした。


――

次話「僕と一緒にいても辛くない人。」

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