相性って大事。

 男女関係に於いて最も重要なのは相性だ。

 元々は他人だった男女が一生を共に過ごすには、人生は長すぎる。

 

 趣味の共有、食事の好み、服のセンス、好きなアーティスト。

 更には一緒にいてストレスを感じないか、安心できるか。


 束縛が好きな人もいれば、束縛が嫌いな人もいる。

 十人十色が当たり前、一人一人の人権が尊重されるのが当たり前。


 亭主関白なんて半世紀前の言葉だ。今じゃ通用しない。

 熟年離婚なんて言葉がさも当たり前の様に耳にする様になった昨今。

 何も別れるのが熟年とは限らないのが世の常。


「ごめん、悠一と一緒にいるの、ちょっと辛い」


 好きの限界値を超え結婚を選択したはずの二人が、当たり前の様に離婚する。

 限界値まで達していない僕達が別れを選択するのは、もはや日常レベルだ。


 冴羽さえば亞夏羽あげはと付き合い始めたのは一年半前。

 共通の友人を介して知り合った僕達は、互いを理解しないまま時間を共にする様になった。


 物静かで、僕と同じぐらいの身長をした細身の彼女は、僕なんかには勿体ないぐらい綺麗で良い子だった。長い黒髪を後ろでひとまとめにして、鼻歌を歌いながらキッチンに立つ彼女が作る料理はとても美味しくて。お世辞抜きに美味しいって言える程の味に思わずほころび、言葉にすると少女の様に喜ぶ彼女ひとだった。


 学生時代に付き合っていた彼氏もいたみたいだけど、僕と出会ったのはそんな彼氏と別れた直後。僕と付き合い始めたのは半ば投げやりだったんだって、別れを切り出された時に初めて知らされた。


「何となくね、将来が見えちゃうの。多分このまま私は貴方の世話をずっとしていくんだろうなって。だって、悠一って私と一緒にいて掃除の一つもしないでしょ? 家事だってほとんどしてくれなかったし、ゴミ出しだって言わないとしてくれない。私は、一生を共にするなら同じ価値観を持った人が良い。だから……ごめんね。合い鍵、返すから」


 思えば、夜の相性も悪かった。不感症とまではいかなくとも、彼女は性行為の時に絶頂に達するのに時間が掛かるタイプの女の子。長い時間愛撫して、とろける程に濡れた所で僕が挿入するのだけど、悲しいかな彼女は名器の持ち主だった。


 抽挿ちゅうそうすると僕は直ぐに果ててしまい、仕事の疲れもあってか、彼女が満足する事なく僕はベッドで横になってしまう。何回か僕との情事の後に、彼女が一人でしているのを薄目を開けて見た事があるけど、僕はそれを見ても何も思わなかった。


 普通なら、あれだけの美人が一人で自慰行為にふけているのだから、第二回戦があっても良いのだろうけど。僕は一発入魂タイプ。復活までにある程度の時間が必要であり、お腹いっぱいの時にご馳走が出て来ても食べないのと同じく、放出を完了した賢者タイムの時に美人の自慰行為を見せられても、何にも感じる事はないのだ。


「さようなら、悠一ならきっと直ぐに新しい彼女出来ると思うから……バイバイ」


 寂しい気持ちが無かったと言えば嘘になる。彼女が部屋を出ていった後には、性格なのだろうね。彼女の髪の毛一つ残されていない、一年半前の僕の部屋が戻ってきてしまっていた。

 

 彼女がいなくなったとしても世界は回る。

 腹は減るし洗濯物は溜まるしお金も減る。


 ワイシャツに袖を通し外に出ると、むせる様な暑さが喉を襲った。息を吸うだけで段々と鼻が痛くなるような熱波は、歩くだけで額からポタポタと汗が落ちてきてしまう程だ。


『間もなく電車が参ります、ご乗車の方は』


 電車に乗りこんでようやく涼しいと感じる事が出来た。夏本番、もう海に行ったり夜通し遊んで過ごす様な年齢じゃない僕には、ただただ苦しいだけの季節だ。


 井上いのうえ悠一ゆういち、二十四歳、彼女イナイ歴一日。


 会社に行き、打ち合わせに行き、書類を作って、先輩の武勇伝に愛想笑いをして。

 いなくなったのは彼女だけ、他は何も変わらない。


「井上君、ちょっと」


 僕達の共通の友人であった佐藤さとうゆいさんの目は、結構本気で怒っていて。

 オフィスから連れ去られる様に会議室へと向かった僕は、半ば強制的に椅子に座らされた。

  

「冴羽ちゃんから聞いたよ? 何で別れちゃったのさ。しかも追いかけないとかどういうこと? あの子、井上君が止めてくれるのずっと待ってたんだからね?」


「……そんなこと言われても、僕から別れを切り出した訳じゃないし」


「切り出されたからそのまま別れるの? 井上君はそれでいいの? 冴羽ちゃんの事が好きだったんじゃなかったの? 男女が一緒になるにはどこかしら譲り合わないといけないの。井上君だってもう大人なんだから、そういうの分かるでしょ?」


「分かるけど……でも、僕達は相性が悪かったんだよ」


 隣に座り身を近づけていた佐藤さんは、ワンレングスの髪をかき上げて「はぁ?」と言った。


「相性って、夜の?」


「夜も」


「ふぅん……流石にそこら辺は私は深入りできないけどさ。でも、何事も努力が必要なんじゃないのかな。逃がした魚は大きいよ? まだ間に合うから、連絡してみそ」  


 逃がした魚が大きいかどうかは、僕が決める事だ。

 そして、僕の中では決断が出てしまっている。


 彼女がいなくなって一日が経過した現時点で、僕は傷ついていない。

 寂しさはあるけど、悲しくはない。つまりはそういう事なのだ。


――

次話「相性って大事よね。」

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