第14話 老師探偵 after


 踏み慣らされた山道を登ると、目的の建物にたどり着いた。


 木々に囲まれた景観から、明らかに浮いた純黒の洋館。

 正面から見るとキレイな長方形に見える、わざとらしいほど直線的なフォルム。


 『一號館』。

 八ツ裂き公事件で死んだ老師探偵が、建築デザイナーとして初めて設計した館にして、その奇怪な構造から『妖館』と称される建物の1つだ。


 想像以上に高い場所に建っていたので、履きなれない登山靴や重たいバックパックのせいもあって、足や腰が痛い。

 まだまだ鍛え方が足りないな。


「和都くんとのハイキングも終了か、少し残念だよ」


 僕の隣に、登山ルックの彩華ちゃんがパッと現れる。

 最近、自分の意志で外見を自在にイジれることに気付いたようで、せっかくだからと僕を真似て着替えたようだ。


「遠くからでも妙なオーラを感じる建物だろう?

 横から見ても上空から見ても漢数字の『一』に見えるから、一號館というそうだ。あの館を作ったのがすべての間違いだった……と、老師探偵がよく話していたよ」


「一號館での殺人事件を解決したことが、老師さんの探偵としてのキャリアの始まりだったよね」


「私も社畜くんから聞いただけだが、当時は偉く人気だったそうだよ。

 『やかた探偵』と持ち上げられ、メディア露出も多かったらしい」


「厳格なイメージがあるから意外だなぁ」


「外見に反して、俗っぽい性格だったのさ」


 彩華ちゃんと話しつつ洋館に近づいてみると、壁や窓には無数のツタがまとわりついていて、壁はヒビ割れ、窓ガラスも一部無くなっているなど、廃墟と言って差し支えない惨状だった。


 もうずいぶんと長い間、誰にも使われていないように見える。

 そう……外から見る限りは。


「彩華ちゃん、一號館の仕掛けは図面にない隠し通路があること、だったよね?」


「その通りだ。

 特徴的な外観は、側面に窓がない違和感への目くらましに過ぎない」


 扉を開いて中へと入った。

 玄関を抜けた先では、左右に廊下が伸びている。


 等間隔で並んだ扉や木目調の床、金色の照明が美しい。

 外観と比べて、ある程度は整備された印象だ。


 その廊下を左に抜け、階段のある一番端へとたどり着いた。

 それから壁を手でコツコツと叩くと、違和感が確信に変わった。


「うん……隠し通路はこの壁の奥かな。外観から目測した通路の長さと、今廊下を歩測した長さにズレがあったからね」


「エクセレント、鋭くなったな。

 老師探偵が解決した一號館殺人事件では、壁の内側と階段の下に生まれた秘密のスペースに、犯人が潜んでいたそうだよ」


 周囲を調べると、階段の手摺の装飾が一部回転することに気付いた。

 回転させた状態で色々と試してみた結果、壁が奥へとズレ込んだ。


 ズレて生まれた隙間へ入ると――中には暗がりが広がるばかり。

 探偵デバイスのライトを頼りに、闇の中を進んでいく。


 そして階段の真下に当たる場所で、机が置かれた狭い空間にたどり着いた。

 机に置かれていたランプに明かりをつけると、小さな本棚や枯れた花が入った花瓶など、以前の住人が痕跡を見て取れた。


「老師さんが解決した事件の犯人の痕跡……ではなさそうだね」


 数十年前の痕跡にしては新しすぎる。

 それに、一號館の外観の廃れ具合に対して、館まで続く道や内部はそこまで荒れ果てていなかった。


 ごく最近まで、この館を訪れていた人物と、内部で暮らしていた人物がいたと考えられるんだ。


「本棚にノートが入っている。

 ノートを持ち帰って科学くんに検証を頼めば、この部屋の住人が暮らしていた年代を割り出せるかもしれないよ」


 彩華ちゃんに促されてノートを取り出し、パラパラと開いてみせた。


 その時――見覚えのある絵が視界に映り込み、ページを捲る手が止まった。


 ノートに描かれていたのは、クレヨンで描き殴ったような、真っ黒な人型の顔から無数の手が生えた絵。

 『八ツ裂き公』のシンボルそのままだった。


「……老師くんが“彼女”を匿っていたという話は、真実だったか」


 彩華ちゃんが僕のそばへとやってきて、ノートに目を落とす。


「明けぬ夜事件の犯人の娘……七星寿理亜ななせじゅりあさん。

 被虐くんや外道と一緒に機密警察から逃げたあと、老師さんがひっそりと養っていたのかな……? でも、何のために?」


「私にも分からない。罪滅ぼしの一環……だったのかもしれないな。

 彼は飄々とした態度の裏で、誰よりも心に穴が開いていた。

 その穴を埋められなかったことが、理想探偵として私が犯した最大の過ちだ」


 交わした言葉もごくごく僅かだった老師探偵。


 なぜ彼が探偵同盟を裏切ったのか。

 どんな経緯で、自ら死を選ぶような決断を下したのか。

 その決断を下す前に、何があって、何を思っていたのか。


 今となっては、もう解き明かすことはできない。

 しかし、ハッキリと断言可能なことも、一つある――


「死を選んだ老師さんの選択は、絶対に間違ってる。

 悲劇に屈しそうな人がいるなら……

 僕が手を差し伸べて、助け出してみせるよ」


「たとえ、八ツ裂き公事件を引き起こした犯人の一人であったとしても、か?」


「当然さ。僕ら探偵の仕事は罪人を裁くことじゃなくて、

 困った人たちを助けることだからね」


「良い答えだ、ときめくよ。

 さぁ、追手がやってくる前に、すべて調べてしまおう」


 隠し部屋を撮影し、手がかりとなりそうなものをバックパックに詰めて館から出ると――

 山に合わないブルースーツ姿の女性が立っていた。


 僕の秘書兼監視役の調査探偵だ。

 スーツで山登りをしたはずなのに汗一つかいてない辺り、流石だと思う。


「やっと追いつきましたよ。

 上への報告が面倒になるから、尾行をまかないでください」


「おチョウさん、すみません。

 怪しい人影を見た気がして、つい独断専行してしまって……」


 今回は特に見つからなかったものの、もしかしたら始祖探偵への提出を避けたい証拠品も出てくるかもしれない。

 そう案じての行動だった。


 僕の真意を察しているのか、調査探偵は呆れた様子で溜め息をついた。


「公言は避けていますが、私も『理想探偵』派です。

 事前に相談してくだされば、いくらでも見て見ぬフリをしますよ。

 今後はきちんと事前に相談してくださいね」


「あはは……ところで、そろそろ敬語はやめにしませんか?

 僕の方がずっと年下なんですし……」


「上司には敬語で話して当然です。

 自分が探偵同盟のリーダーだという、自覚を持ってください」


 ううっ、慣れない。

 渋谷さんが僕に敬語をやめるよう命令した気持ちが、最近よく分かる。


「例の『八ツ裂き姫』の手がかりが見つかったので、検証班を派遣するよう依頼してもらえますか? 特に重要だと思われるものは回収済みです」


「承知しました。

 ……ところで、あちらの墓を設けたのはあなたですか?」


「えっ……」


 調査探偵に指された方を見ると、一號館の端にひっそりと、墓石と思われるモノと、白いカーネーションが置かれている。


 カーネーションはまだ枯れておらず、新しい。

 ごくごく最近、誰かが訪れて、供えていったようだ。


 その墓石を見つめ、彩華ちゃんは苦々しげな顔となる。


「老師探偵め……自分を想ってくれる人がいるなら、死なんて選ぶんじゃない。

 キミと同様に、残された者たちの心に穴が開くんだぞ」


 八ツ裂き公事件以来、悲劇を引き起こしたヒトたちの新たな顔や、知られざる過去が、日に日に見えてくる。


 そして知れば知るほど、悲劇を避ける方法が他にあったのではないかと、思わずにいられない。


「でも……きっと悲劇の舞台に立つ本人には、どうすることもできないんだよね。

 立つ場所、立つ位置によって、世界の見え方は変わる。『死』しか救いに残されていないように見えることだってある。

 だからこそ、舞台の外にいる僕らの介入が必要なんだ」


 彩華ちゃんにだけ聞こえるよう呟くと、隣で微笑んでくれた。


 被虐くんと接しているからよく分かる。

 「負けるな」だの、「がんばれ」だの、声をかけるだけじゃ、誰も救えない。


 本当に誰かを救いたいと思うなら――

 自分も同じ舞台に上がって、一緒に悲劇を覆さなきゃダメなんだ。


「理想探偵、この花を備えた人物は『八ツ裂き姫』の可能性があります。

 購入店を割り出せば、素性を突き止められるかもしれませんよ。

 持ち帰って検証に回しましょう」


「おチョウさん……容赦ないね」


「平和のためなら当然です。

 彼女は、『八ツ裂き公』の後継者を名乗っているのですから」


 最近、世間を賑わせている『八ツ裂き姫』。

 謎に満ちた怪文書を公開するばかりで、具体的な事件はまだ起こしていないものの、その言動や過激な思想によって、信者を増やしつつある謎の人物だ。


 その怪文書を読み解いた結果、浮かび上がった『新城明澄』という単語を頼りに、僕らは今、手分けして妖館を調べている。


 博士探偵の捜索や世界探偵組織『ワールド』でも手いっぱいだというのに、更にタスクが増えてしまった。

 とても僕一人ではさばき切れない。


「だけど、キミは一人じゃない。そうだろう、和都くん」


「……そうだね。

 僕らみんなの手で、悲劇を覆すんだ」


 この事件は、探偵ぼく一人では解き明かせない。

 でも仲間みんなと一緒なら、きっと――


 ――続く

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