第5話 武装探偵 after


「――獄電拳プラズマ・ナックル!」


 漆黒の外殻に三度目の獄電拳を叩き込むと、ゴシャッという音と共に、怨敵の身体が遂に砕け散った。


 バランスを失った黒い巨体が、瓦礫の中へ倒れ込む。

 ずっと張り詰めていた緊張の糸が切れ、我も同じく、瓦礫の中へ背中から倒れ込んだ。


 もう指一本動かせん。

 まさか、このような地下施設で、例の黒いSPXと遭遇するとは。


 以前までの我だったら、一度目の獄電拳を放った時点で身体が麻痺し、殺されていたことだろう。


 彩華を守りきれなかったあの日以来、ずっと鍛え続けてきた成果を出せて、まっことよかった。


 科学どの曰く、黒いSPXはあの奇妙な電子カラクリたちの中でも、最硬だという。

 それを正面から打ち破った以上、我の武力はどのSPXにも通じるということだ。


 博士探偵の潜伏場所を追う以上、今後もSPXとの遭遇は避けられない。

 もう我の仲間は決して、誰にも傷つけさせはせん。

 この肉体と、自慢の装甲で、必ず打ち破ってみせよう。


 そう心の中で誓った次の瞬間、から声が響いた。


「――ああ、やっと繋がった! こちら科学探偵! 武装さん、急に通信が途絶えましたが、無事ですか?」


「おお、科学どの! 無事なので、安心して欲しいのである!」


 兜の内側につけた小型の電子カラクリから聞こえた声に、耳についたツマミを回して、返事をする。


 電子カラクリの操作が苦手な我のために、科学どのが加えてくれた通信機能だ。

 これなら阿呆な我でも分かりやすい。


「黒いSPXと遭遇し、交戦と相成ったが、見事に打ち倒した! これで、安全にこの地下施設を探索できるぞ!」


「無事じゃないじゃないですか!!!」


「であるっ!?」


 科学どのの怒声が兜にグワングワンと反響する。


 このような弊害があろうとは。

 やはり、電子カラクリは苦手である。


「危険と遭遇したら、すぐに助けを呼ぶよう伝えてあったでしょう……!? 僕らが今いるのは父さ――博士探偵が根城にしていた場所なんですよ!?」


「科学ちゃんの言う通りよ~、武装ちゃん。あなたの強さは知っているし、斥候役を担ってくれるのは嬉しいけど、ちゃんと助け合いましょうねぇ?」


 通信機を通じて、我を叱る科学どのに、諭す美食どの。


 二人とも我を心から心配してくれている。

 皆の中で最も未熟だというのに、かたじけない。


 我は本当に、素晴らしい仲間を持ったものだ。


「……すまぬ、科学どの、美食どの。あの黒いSPXとは、因縁があるがゆえ、どうしても一人でケリをつけたかったのだ」


「その気持ちは分かりますけど……今日は武装さんの誕生日なんですから。今日くらいは、自分を気遣ってあげてくださいよ」


「うふふ♪ 科学ちゃん、とっても不安そうだったものねぇ」


「だって武装さんが『無事に帰れたら、お祝いのショートケーキを買うのだ!』なんて、映画なら絶対に無事で済まないような台詞を口にするんですもの」


「我は、刃に貫かれようとも、奈落に落ちようとも死ななかった不屈の男だ! 根拠などないが、きっと平気なのである!」


「ちゃんと反省してください」


「ちゃんと反省するのである……」


 笑い声が兜内に響き渡った。

 今朝、無能どのから連絡を受けて気付いたが、今日はどうやら我の誕生日らしい。


 父の期待に応えるべく修行修行の毎日だったから、これまで自分の生まれた日など、特に意識したことはなかった。


 いや、違うか。

 失った彩華の幻影を追うことに必死で、自身を祝福する余裕などなかったのだ。


「彩華も本当なら……もう少しで、18歳だったのだな」


 彩華の顔が頭をよぎり、科学どのとの通信を切って、溜め息をつく。


 ようやく会えた彩華は、我のことなど知らないフリをした。

 あとから無能どのから教えられたが、『理想探偵』という役割のルーツは、絶対に知られてはならない最高機密。自身の素性が知られ、縁者が狙われる危険を避けるために、鎧井彩華としての自分を殺していたそうだ。


 幼い頃から自分より他者を気遣ってばかりいた、彩華らしいと思う。


 せめて、あと少しだけでも、話がしたかった。

 これまでの人生を知りたかった。


 今でも愛し続けている――と、兄としての気持ちを伝えたかった。


 だが、この気持ちは、もう届かない。

 一度死んだ者は決して、生き返りはしないのだ。

 八ツ裂き公事件を通し、我はその事実を思い知ることとなった。

 

 被虐どのの主張も理解できる。

 生きることは苦しく、傷つくことばかり。

 心が折れて、死こそ救いだと考える者とて、いるであろう。


 しかし、それでも我は、生きることの大切さを訴えたい。

 きっと自分が知る以上に、自分が生きることには、意味があるのだから――


 ――ブルリと鎧の内側が振動した。

 探偵デバイスに連絡が来たのだと思い、手こずりつつも操作する。

 画面には『理想探偵』からの連絡の通知があり、思わず心臓が跳ねた。


「無能どのからの連絡か……」


 無能どのが『理想探偵』の役割を担っているのは知っているが、未だに慣れぬ。


 彩華から連絡が来たのではないか、と。

 つい阿呆な考えが頭をよぎってしまった。


「死者が甦るはずもないのに……情けないのである」


 自嘲の言葉をこぼしつつ、デバイスを操作して、連絡の中身を確認する。

 すると――そこには信じられぬ言葉が書かれていた。


『無我お兄ちゃんへ 誕生日おめでとう


 何があっても私を守り抜くという

 十年前の約束は、まだ忘れていないよ。

  

 私が守りたかったこの世界を。


 そして、あなた自身を。

 私に代わって守って欲しい。


 いつでも私は、見守っているからね。


        あなたの永久の妹 鎧井 彩華』


 言葉が出なかった。

 無能どののイタズラかとも一瞬考えかけたが、外道どのならともかく、彼はこのような無粋なイタズラをするはずがない。


 何より、十年前の約束を知る者は、我と彩華だけのはずだ。


 理屈は分からずとも、ハッキリと断言できる。

 これは間違いなく――彩華本人が綴った言葉である、と。


「彩華……お前はまだ我を、見守ってくれているのか……」


 疲れ切ったカラダにチカラが戻る。

 大切な者を守り抜こうという覚悟に加え、もうひとつ、新たな誓いが増えた。


 それは、何があろうとも生き抜くこと。

 彩華の言葉は、他者に生きて欲しいと言いつつも、我が身を顧みない我への、戒めの言葉に想えたから――。


 ふと手甲の一部が砕けていることに気付いた。

 恐らく、短時間に衝撃を与え過ぎたことが原因だろう。


 しかし、父が最期に遺したこの名もなき妖甲は、多少傷ついたところで、まるで生物のごとく再生していく。


 妖甲は能力に応じて、花の名前を冠するのが伝統であるが、父はこの異様な性能の妖甲に、相応しい名前をつけられぬまま逝った。


 ゆえに我が、父に代わって、こう名付けようと思う。

 永久の妖甲『彩華』と。


 ――『被虐探偵 after』へ続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る