第4話 大和探偵 after
ドライブをしていた時に偶然、道路で大量の不良たちに囲まれている朱金ちゃんを見かけた。
多勢に無勢な状況の中、猫科を想わせるしなやかな動きで翻弄し続ける朱金ちゃんの姿は、とても美しくて。
この子の
お邪魔な不良たちをパパッとやっつけると、暴れる朱金ちゃんと一対一で戦うこととなった。
私の特技が掴み技だと分かると、すぐさま距離をとって戦うようにシフト。
リーチの差を埋めるために、蹴り技を主体にしつつ、私に掴まれないよう、常に動き回り続けた。
今考えてみても、戦闘センスの塊だと思う。
だから私も、出し惜しみせず、手段も選ばず、わざと転んだりフリをして近づかせたり、手近なモノを武器にしたりして、完膚なきまでに朱金ちゃんを叩き伏せた。
嫌がらせをしたかったワケじゃない。
ただ、きっと朱金ちゃんなら、昔の私のままで――純粋なままで、強い探偵になってくれると思ったからだ。
私のお節介は功を奏して、程なくして私と朱金ちゃんは同じ探偵同盟に所属する、師弟のような関係となった。
朱金ちゃんはママがいないから、私がこの国に滞在している間は支えてあげたくて、私のマンションに呼んで、一緒に暮らした。
私の作る料理を何でも「ウメー、ウメー」と言って食べてくれる朱金ちゃんの笑顔は、今でも忘れない。
特にピロシキが大のお気に入りになったみたいで、事件を無事に解決できたあとは、いつもご褒美にピロシキをねだった。
一緒に過ごせた時間は、2年にも満たないけど。
朱金ちゃんとの時間は、私にとって、かけがえのない時間だった――
「お、やっぱりナージャちゃんか。相変わらずヤベー服装してんな」
馴染みのある声を耳にし、我に返って、振り返る。
すると、そこには青いスーツを着たボサボサ髪の中年男が立っていた。
その手には、色鮮やかな花束が握られている。
「宗介……どうしてあなたが、大和ちゃんのお墓に?」
「可愛い元・助手に頼まれたんだよ。誕生日だし、お花を贈りたいってな。ほら、アイツ今、半ば軟禁でそうそう外出できないだろ?」
そう言えば、無能ちゃんはこのヒトの助手だったと思い出す。
モルグ島での事件のあとに知って、世界の狭さに驚いた。
「あの宗介が助手のためにお墓参りだなんて……明けぬ夜事件の頃じゃ考えられないわね」
「昔の話を掘り返すんじゃねぇよ。あの頃は、アンタも、俺も、ガキだったろ?」
「……ええ、そうね。何も知らない、子どもだったわ」
「それが、今ではお互い、探偵として後進を指導する立場だもんなぁ。時が経つのは早ぇよな、まったく」
語りつつ、宗介は慣れた様子でお花を供えていく。
お墓には、私と一緒に訪れたみんなのバラエティ豊かなお供え物が置かれていて、朱金ちゃんにピッタリな賑やかさだ。
まるで「おいおい、照れるじゃねーか!」という朱金ちゃんの声が聞こえてくるみたいで、ニンマリしてしまう。
「随分と愛されていたみたいだな、大和探偵は」
「ええ、自慢の弟子よ。もっとあの子の活躍を……見ていたかったわ」
朱金ちゃんは私のすぐそばで死んだ。
今でも、もっと警戒していれば、と後悔してしまう。
毎晩のように、朱金ちゃんの遺体を発見した時のことを夢に見て、そのたびに泣かずにはいられない。
私は一生、この傷を抱えて生きようと思っている。
それが、あの子を巻き込んで、死なせてしまった私にできる、唯一の贖罪だと思うから。
「おいおい、ナージャちゃん。そんなシケたツラばっかりしてたら、運気が逃げるぞ?」
ムカつくほど満面の笑みで、宗介が話しかけてきた。
やっぱり私は、この男が好きだけど、嫌いだ。
「あなたには分からない……と言いたいところだけど、そんなワケないわよね。あなたほど、誰かの死を引きずっているヒトは多いもの」
「ああ。ご存知の通り、引きずり続けてる。ただ、まぁだからこそ、分かることもあるけどな」
宗介が墓石を向いたまま、振り返りもせずに、後ろを指差す。
指差された方に向き直ると、老若男女、統一感のない集団がこちらへ向かってくるのが見えた。
墓石の前の私に気がつき、先頭を歩いていたおジイさんが私に話しかけてきた。
「あのぉ、大和探偵さんのお墓はコチラで合っていますか?」
「え、ええ、合っています、けど」
「ああ、よかった! 私たちはみんな、大和探偵さんに助けていただいたんですよ!」
人々が一斉に安堵した様子を見せて、口々に朱金ちゃんとの思い出を語り始める。
怪我した時に病院まで担いでもらったおバアさん。
誘拐された娘を無報酬で救ってもらった女性。
乱暴されかけていたところを救われた女子高生。
事故に遭いそうになった時に、命懸けで救ってもらった少年。
内容は違えども、みんな心から感謝していて、朱金ちゃんの探偵としての活動は、しっかりと人々の心に刻まれたのだと実感できた。
「もしかして、あなたが美食探偵さんですか? 大和探偵さんが自慢気に話していましたよ。憧れの
「大和ちゃんったら……」
第三者の口から語られる朱金ちゃんは、知っているようで知らなくて、新鮮で、こそばゆい。
何だか、朱金ちゃんと再会できたみたいな、不思議な心地を覚えた。
そんな私の心情を察したように、隣に宗介が歩み寄ってきて語る。
「よく分かったろ? たとえ死んでも、ソイツが進んできた道は残り続ける。残された俺たちが、その道の先を進む限り、ソイツの魂は生き続けるんだ」
「……そうね」
自分の命を犠牲にしてでも八ツ裂き公を止めようとして、嘲笑われたことを思い出す。
認めるのは癪だけど、確かにあの時の私は、間違っていた。
大きな目的のためだからって、命をなげうってはいけない。
朱金ちゃんが探偵として描いていた夢を知っているのは、私だけ。
あの子が進んできた道の先を進めるのは、私しか、いないのだから。
「大和ちゃんの分まで、私は生きるわ。
あの子が憧れてくれた、
肩に手を回そうとしてきた宗介の手を振り払って、私は朱金ちゃんのお墓の前から立ち去った。
次の目的地は既に決まっている。
13年前に壊滅した『夜明けの明星会』の跡地だ。
八ツ裂き公や外道探偵が所属していた組織『明けぬ夜』を追うために、本格的に行動を開始した――。
――『武装探偵 after』へ続く
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