第3話 華族探偵 after


 ――洋室に『探偵同盟』のリーダーとして現れたその子は、まだ初等教育も終えていなさそうなほど幼かった。


 白い髪に、透き通るような肌、小さな手足。紫陽花色の美しい瞳。

 まるで子どもの頃に遊んだ人形のよう。

 

 こちらが少々呆気にとられた様子を感じ取ってか、少女は柔和に微笑み、その玩具めいた手をそっと差し出す。


「キミがかの高名なピンカートン家を継ぐ者か。

 ふふ……現在の上流階級が忘れた、“華”を感じられるな」


 自分よりずっと歳下とは信じがたい冷静な振る舞いと、達観した表情。

 どれほどの修羅場をくぐり抜けてきたのか、計り知れない。


 ――自分が彼女を守らなければ。

 最初に湧き上がったのは、そんな感情であった。


 その想いを隠すように、挑発的な表情を浮かべ、手を取って笑い返す。


「ワタクシは“華”族探偵。

 いずれ、あなたからリーダーの座を奪うものでしてよ。

 よろしくあそばせ、理想探偵」


 それが、将来ライバルと呼ばれる二人の、出会いだった――


    ◆


 窓の外に夜闇が広がるオフィスの一室。

 段ボールが多数並べられた倉庫じみたその空間に、パチパチと拍手が鳴り響く。


「お嬢さま、誕生日おめでとうございます」


「おめでとうございまーーーーーーす!!!」


 普段はミーティングに使われている長机には、オードブルやサンドイッチ、おにぎりなどが乗ったプラスチック皿が多数並んでいた。


 誕生日席に座る華族探偵は、偉そうな表情で腕組みをしているものの、喜びを隠しきれておらず、口の端が地を這うヘビみたいにグニャグニャだ。


 そんな社長を見て、長机を囲うスーツ姿の部下たちも、満足げに微笑んでいる。


「では毎年恒例、プレゼントタイムから始めましょう」


 笑顔の社員のうちの一人――スーツの男、一条常雄は長机の下に用意していた箱の山を取り出し、床に敷いた赤いシーツの上へと並べていった。

 箱の数はゆうに十を超えている。


「な、何だか例年より多くありませんこと!?」


「勝手ながら、探偵同盟の皆さんに誕生日を伝えて、プレゼントを募りました」


「ツツツツ、ツナオ~~~!? 何だか『誕生日を祝ってくださいまし』とアッピールしているみたいで、恥ずかしいじゃありませんのー!?」


「お嬢さまは変なところで恥ずかしがりますので。秘書として、粋な計らいをしたまでです」


「全然粋じゃありませんわ!! フイキですわ、フイキ!」


「それを言うなら、不粋ぶすいでは? 雰囲気みたいで面白い響きですね」


「んも~!! どうでもよろしいですわ、そんなこと! さっさと開封に移りなさい!」


「御意」


 常雄は軽く一礼し、箱をひとつ手にとって、丁寧に開け始めた。


「今年は敢えて、どなたからのプレゼントかは伏せて公開します。お嬢さまの審美眼を持って、当ててみてください」


「オホホホ、粋な計らいですわね。上等ですわ。

 ピンカートン家の名にかけて、すべて見抜いてみせましょう」


 まず箱から出てきたのは、無骨な赤い手甲。

 小指部分に指輪のごとく、ピンクのリボンが巻かれてはいるものの、女性へのプレゼントとは思えない。


 これほどまでにズレたプレゼントを贈る者など、華族探偵は一人しか知らない。


「……武装探偵さんからのプレゼント、ですわね?」


「流石お嬢さま。見事な審美眼でございます」


「わーーーーーーーっ!!!!」


 わざとらしいほど盛大な拍手。

 その騒がしさが、逆に華族探偵を落胆させる。


「何だか、逆に馬鹿にされている気分ですわ……武装さんには、レディの喜ばせ方を一から教えて差し上げなければなりませんわね」


「では、次のプレゼントに移ります」


 まるでクイズ番組の司会者のように、常雄は淡々と次の箱を開封していく。

 中から出てきたのは、持ち手が華族探偵の髪色と同じカラーリングの、プラスドライバー。


 一応プレゼントらしくしたかったのか、持ち手部分に、桃色のリボンが巻かれていた。

 送り主など考えるまでもない。


「これは、科学探偵さんから……ですわね」


「流石お嬢さま。見事な審美眼でございます」


「わーーーーーーーっ!!!!」


「おやめなさい! むなしくなりますわ……! 普段から一緒に活動しているのに、ワタクシの周囲の皆さんはワタクシが喜ぶものひとつ考えられませんのー!?」


 早くも息を切らしながら華族探偵は叫んだ。

 言いつつ、後悔する。


 抗議せずとも分かりきっているのだ。

 自分の周囲に、常識的な探偵など数えるほどしかいないことを。


「では続いては、こちらのプレゼントです。どうぞ」


「ツナオ、クイズ番組の司会者みたいになっていますわよ? あなたまさか、ワタクシをからかって楽しんでいるのでは、ありませんこと?」


「ははは(笑)」


「笑って誤魔化すんじゃありませんわーーーっ!?」


 華族探偵の抗議を受け流し、常雄は積まれた中でも特に異質な、横長の箱を開けていく。

 しかし、フタが開いた途端、驚いたように手が止まった。


「……お嬢さま、よかったですね。次のプレゼントはお嬢さまの好物ですよ」


「やっとですの……? それは、楽しみですわ、ね――」


 常雄が箱から取り出したものを見て、華族探偵は絶句する。


 それも当然。

 なんと中から出てきたのは――小ぶりの冷凍マグロ。

 一応プレゼントらしくしたかったのか、エラ辺りにピンクのリボンが巻かれているのが、余計にシュールさを醸し出している。


「手紙も同封されていましたから、読みますね。

 『華族ちゃんへ。ツナが好きなあなたのために、旬のキハダマグロを獲ってきたわ。ツナマヨにしても美味しいし、軽く炙って半レアで食べても最高よ。でもお姉さんのお勧めはズバリ漬け丼ね。マグロの漬けと言うと、身を長く保管するための手法だと思われがちだけど、それは誤解なの。赤身ならではの豊かな香りを一層楽し――』」


「長い長い長い! 長いですわ! 確かにワタクシの好物でしたけど、センスが独特すぎます! このようなもの、美食探偵さん以外贈りませんでしょう!?」


「流石お嬢さま」


「わーーーーーーーっ!!!!」


「そのくだりももう結構ですわっ!!」


「では、続いての問題です」


「……遂に問題と言ってしまいましたわね、あなた」


 華族探偵のツッコミに反応を示さず、テキパキと箱を開けていく常雄。

 そのペースに惑わされないよう、華族探偵も必死に食らいついていく。


「この『ポンコツ令嬢でもわかる! ザコザコ日本語入門』は文学探偵さんからですわね!?」

「正解です」


「この『ドラマ女装探偵 ブルーレイBOX特装版』は無能探偵さんからですわね!?」

「正解です」


「……この可愛いおクマさんのぬいぐるみは、お母さまからですわね?」

「正解です」

「いつまでも子ども扱いするのですから……まったく、もう」


 次々と箱が開けられていき、残るは手のひら大の、小さな箱ひとつとなった。

 その箱を開けた常雄は、困った様子で首をかしげる。

 今までにない反応だ。


「お嬢さま、このような手紙が入っていたのですが……差出人に心当たりはございますか?」


 常雄が箱の中から折りたたまれた手紙を取り出し、丁寧に手で開く。

 紙は、達筆で「あとはまかせる」と書かれているだけ。


 ただ、華族探偵の審美眼にとっては、それだけの情報で十分であった。


「……ひと目で分かりましたわ。

 その筆跡、理想探偵さんの字ですわね」


「理想、探偵さん……? 彼女は、八ツ裂き公事件で亡くなったはずでは?」


 理想探偵の死は、世間にこそ公表されていないものの、各探偵の身近な者たちは把握しており、代替わりした事実も共有済み。

 不思議がるのも当然であった。


 ただ、華族探偵は理由に思い至っている。


「彼女は未来を先読みするのが得意でしたからね。

 自身の死を予感し、遺言を残しておいても不思議じゃありません」


「なるほど……それにしても、誕生日に届くように仕向けるとは、手の込んだ仕掛けですね」


「あの子は、こうした子どもじみたイタズラに、全力を注ぐタイプでしたのよ。普段はクールに振る舞っていましたが、中身は歳相応。

 ですから……ワタクシが守ってあげなければならないと、思っていましたのにね」


 顔をうつむかせる華族探偵。

 彼女と理想探偵は、若くして探偵同盟の上位に君臨し、組織の長として多くの探偵を率いる、ライバル同士であった。


 しかし同時に、性格の相性がよく、公私を共にする友人でもあり、二人で共有した思い出は少なくない。


 傷心が癒えてきたこのタイミングでの、不意打ちのメッセージは、あまりにも効果的すぎる。


「……涙など、流してあげませんから」


 ――どうせあの子のことだから、ワタクシを泣かせたくて、趣向を凝らしたのでしょう。

 ――死んだあとまで、負けてあげるものですか。


 心の中で文句を言って、顔を上げる。

 その顔には、弱気や不安の色はなく、リーダーとしての覚悟を、周囲の者たちに感じさせた。


「ツナオ、そのお手紙は他のプレゼントと共に、ワタクシの部屋まで運んでおきなさい」


「マグロもですか?」


「……マグロは冷凍庫へ」


「御意」


 常雄が一礼し、すべてのプレゼントを一度に抱え、オフィスをあとにしていった。

 他の社員たちは、バラエティ豊かなプレゼントについて、「お嬢さまの友達が増えてよかった」だの、「マグロの発想はなかった」だの、まるで自分のことのように楽しく話している。


 本当に自分は部下に恵まれたと、しみじみ華族探偵は思う。

 裏切りなど日常茶飯事な今だからこそ、その貴重さを実感せざるを得ない。


 明日からは、また激動の日々。

 無能探偵を筆頭とした『理想探偵』派と、始祖探偵を筆頭とした『始祖探偵』派による、八ツ裂き公の処遇を巡る争いは、激しさを増すばかりだ。


 無能探偵を支える立場である華族探偵も、心休まらない日々が続いている。


「始祖探偵にWORLD、八ツ裂き教……悩みのタネは尽きませんわね」


 それでも足を止めるワケにはいかない。

 八ツ裂き公事件を真の意味で終わらせるまで、戦いも、“彼女”の意志も、続くのだから。


「あとはまかせなさい、我が宿命のライバル」


 最高の親友ライバルからの言葉を胸に、華族探偵は未来まえに進み続けるのであった。


 ――『大和探偵 after』へ


続く


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