第2話 外道探偵 after
「華族ちゃんは、この島で死んで悔いはないのかい?」
ワタクシを手錠で配管に拘束しながら、外道さんはそう訊ねかけてきました。
無視しようかとも思いましたが、普段のからかう調子ではありません。
それに、たとえ外道であろうとも、同じ探偵。
こちらも真面目に、正直な答えを返すことにしました。
「悔いのない死など、あるワケがありませんわ。
いくら覚悟を固めていようとも、いざ死ぬ時には嘆き、悲しみ、怒りに震えることでしょう」
「へぇ。それにしては、無能くんのために、潔く自分の命を投げ打つような真似をしたじゃないか。
矛盾していないかい?」
「矛盾していませんとも。あの方……いえ、あの方たちなら、ワタクシの意志を継いでくれるはず。
そう思えたから、ワタクシは命を懸けられたのですわ」
言いつつ、外道探偵の隙を突いて拘束から逃れようとしました。
ですが、動きを予期していたように、ワタクシの鼻先にナイフが突きつけられ、動きを封じられます。
流石に、甘くありませんわね。
「もちろん、この命が絶える瞬間まで、諦めるつもりはございませんので。
寝首を引っ掻かれないよう、ご注意あそばせ」
「それを言うなら『寝首を掻く』かな。
クヒヒ……やっぱり、華族ちゃんは面白いねぇ……」
心底愉しげに笑いつつ、ナイフを下げる外道探偵。
本当に底意地の悪い男ですわ。
ただ、悪意だけでなく、同時に信念も感じられます。
ブレない信念と、武器とさえなる歪みを併せ持つ点では、我が永遠のライバル、理想探偵に通ずる部分もあるかもしれませんわね。
「ねぇ、華族ちゃん。この先、運命がどう転ぶにせよ、俺はもう探偵同盟には戻らない。
だから、ひとつだけ、伝言をお願いできるかな?」
「それくらい構いませんけど。
でしたら、ワタクシに取り付けたこの『首輪』を外してくれませんこと?」
「キミが死んだなら、それまでだよ。潔く諦める」
「ワ、ワタクシは諦められませんわ!
意地でも、伝言を届けて差し上げますからね!」
「クヒヒ、本当に好きだなぁ、そういうところ」
――木々が生い茂り、雑草まみれとなった、来訪者など滅多にいない墓地の隅。
『銀噛家之墓』と書かれた墓石を前にして、外道探偵とのそんなやり取りが想起されました。
意味深な笑顔と、ワタクシに託した遺言。
もしかしたら、外道探偵はあの時、自身の死を予感していたのかもしれません。
「それで、外道探偵は何と?」
ワタクシと共に墓地を訪れたスーツの女性は、訊ねました。
探偵ネーム『調査探偵』。
外道探偵との出会いをきっかけに、探偵同盟のメンバーとなった女性。
そして外道探偵がワタクシに託した伝言の、受け取り主でもあります。
「『今までありがとう、調査探偵。謎の続きはキミに託すよ』ですって。
意味が分かりまして?」
「……さぁ。
何の続きかは知りませんが、勝手に託さないで欲しいものですね」
黒いショートヘアを手で梳きつつ、調査探偵は溜め息を吐きました。
不機嫌そうに眉がツリ上がっていますが、どこか寂しげにも見えます。
外道探偵とは、パートナーを組むことが多かったそうですし、思うところがあるのでしょう。
「華族探偵。外道探偵が八ツ裂き公と同じく、『機密警察』の異能実験の被害者だったのは事実なんですよね?」
「ええ、それは間違いありませんわ。美食さんを通じて、連邦捜査局からの情報提供もありましたからね。問題は……」
「それが事実なら、外道探偵の『銀噛』姓は偽装。八ツ裂き公と同様、偽りの戸籍を得る前の、本来の境遇があるということですね」
調査探偵のおっしゃる通り。
外道探偵が銀噛家の一員となったのは、実験から脱走したあと。
つまり、あの怪物じみた男には、一家心中事件の犯人『児童A』とは別の、異なるルーツがあるに違いないのです。
あそこまで命に固執するようになった、要因が。
「華族探偵、もしかしたら外道探偵の遺言は、自分のルーツを調べてみろ、ということではないでしょうか?」
「ワタクシも、同じことを考えていたところですわ。
この件は、一任してよろしくて?」
「ええ、まかせてください。
まったく……死んだあとも世話が焼ける男ですよ」
そう語りながら、調査探偵は外道探偵の墓前に皿を置き、月見団子を供えていきます。
他には、ショートケーキや小倉トーストなど、誰が残したか分かりやすい供え物が多く用意されていました。
この墓に入れるよう提言したのは、意外にも無能さんでした。
死ぬ瞬間まで理解に苦しむ男でしたが、八ツ裂き公の逮捕の一助となったのも事実。
『仲間』とも『悪党』とも言い切れない、そんな不思議な男だったことを、改めて思い知らされる光景ですわね。
「……それと、もうひとつ。『調査探偵』としての実績を信頼して、秘密裏に調べていただきたいことがありますの」
「秘密裏に……? どんな内容ですか?」
周囲に監視の目がないことを確認しつつ、調査探偵の耳元へ顔を寄せ、小さく囁きかけます。
「実は、外道探偵の首が見つかっておりませんの。何者かが持ち去ったのだと考えられますわ」
「え? 一体、何のために?」
「一切分かりません。
ですが、ワタクシたちの目を盗んで回収し、持ち去るなど……個人では不可能な芸当でしょう」
「……まかせてください。
調査探偵の名に懸けて、必ず真相を掴んでみせます」
八ツ裂き公事件の真相は解明されました。
ですが、まだ謎も、事件後の影響も、多く残っています。
これは、創作のミステリーではありません。
事件のあとも、ワタクシたちの探偵としての物語は、まだまだ続いていくのです。
――『華族探偵 after』へ続く
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