『探偵撲滅』後日談集-The Day After Tragedy-

日本一ソフトウェア

第1話 無能探偵 after

 窓側以外の壁すべてに、無数のモニターが埋め込まれた異様な部屋。

 その中心のデスクに座り、僕は各モニターの映像を曖昧に捉える。


 対象を点ではなく面で視認する技術『俯瞰視法』。

 師匠から教わった独特の視法も、ようやく板についてきた。


 モニターに映る世界各国の事件の資料は、具体的な内容こそ頭で理解することはかなわないものの、僕の能力の発動条件を満たすに申し分ない。


 実際、B面と名付けられた正面の壁のモニターの一つを観ただけで、ニュースで語られた事件の真相が頭をよぎる。


 断片的な情報から、未来や過去を導き出す異能――『推理想失エンド・シーイング』。

 こうして扱っていると、改めて、反則的な力だと思う。


「B-32、解明完了。詳細を送ります」


 モニターに割り振られた番号へ言及しつつ、PCでメッセージを送信。

 もはや慣れ切ったその一連の動作を済ませつつ、モニターからは目を離さない。


 この僕、理想探偵の元に届く事件の情報は、疑惑レベルのモノも含めれば、日に百件を超える。

 一息つく間もないほどだ。


「C-18、解明完了。詳細を送ります」


「A-04、解明完了。デマなので対応不要です」


「A-11、解明完了。優先度・高でお願いします」


「B-39、解明完了。詳細を送ります」


 機械的に対応を続けること数時間。

 流石に疲れを覚えていたタイミングで、不意に囁きかけられる。


「ふふ、今日も大変そうだな。そろそろ心が折れてきそうか、和都くん?」


 目だけで声の主を見ると、死んだ当時から何ら変わらない姿の相棒――彩華ちゃんが僕に顔を寄せていた。


 相変わらず、距離が近い。

 どうせ僕をからかう意図があるのだから、平然と対応しないと。


(前任者なんだから、他人事みたいに言わないでよ……)


 そう心の中で語りかけると、相棒は悪戯っぽく微笑む。


「他人事なのだから仕方ないだろう。死人に口なし。私はもう、部外者だ」


(口、ありまくりだけど)


「今のキミならば、わかるだろう? 重責から逃れられたおかげで、死んだあとの方がずっと口が軽いんだよ。こうして、キミのそばにも居られるしな」


 『理想探偵』という役割で最も重要なのは、犯罪者たちへの抑止力となること。

 国内に留まらず、国外にまで監視の目を光らせることで、増加傾向にある凶悪犯罪を抑えなければならない。


 この役割を十年以上も続けてきた彩華ちゃんの言葉は、軽い口調とは裏腹に、随分と重く感じられた。


「八ツ裂き公事件の真相を公表したキミたちに対して、ヴィドックが手出しできないのも、『理想探偵』に離反されるワケにはいかないからだろう」


(……『始祖探偵』ヴィドック。あの人の、犠牲を厭わない方針には従えない。僕らで必ず止めてみせる)


「彼……いや、今は彼女か。彼女も、彼女なりの正義を貫いているんだがな。私たちとは、衝突せざるを得ないだろう」


 少し複雑そうに目を伏せる彩華ちゃん。

 彼女にとってヴィドックは、機密警察から救い出してくれた存在でもある。


 恩人と衝突してしまうことに、思うところがあるのだろう。


(まず大事なのは、真実を知ること、だよね? ヴィドックとは、まだろくに話せていないし、どこかで会話する機会を作るよ)


「いい心がけだな、和都くん。キミが面会を続けている“彼”を救う道だって、いずれ見つかるかもしれない。探偵として、可能性を探し続けようじゃないか」


(うん。これからもよろしくね、彩華ちゃん)


 そこで扉のノックが鳴った。

 気付けば、昼の休憩時間を迎えている。


 「どうぞ」と言うと、扉を開けて見慣れた少女が、本を読みながら入ってきた。


「『無能探偵、食堂に向かいましょう』と、少女は普段と変わらぬ提案をする」


「すぐ準備するよ。部屋の外で待ってて、ブンちゃん」


 椅子から立ち上がって、軽く身なりを整えた。

 それから部屋を出て、赤い絨毯の敷かれた長い廊下を、ブンちゃんと共に歩き出す。


「『WORLD本部に交渉へ行っている華族探偵と武装探偵が、お土産は何がいいか訊ねてきましたよ』と、少女は伝言を口にする」


「ロンドンだよね? ブンちゃんのお勧めはある?」


「『お父さんはスコッチを好んでいましたね』と、少女は参考情報を伝えた」


「いや僕、未成年だから……」


 普段通り、とりとめのない会話を続けながら食堂へと向かっていく。


 僕らの日常を奪い去った八ツ裂き公事件から、まだそれほど長い時間は過ぎていない。


 でも既に僕たちは、前に向かって歩き出していた。

 歩き出さなければ、いけなかった。


 大勢の人が死に、大切な仲間が失われた、あの事件を無駄にしないためにも。


「ああ、そうだ。美食さんが本国の方で、博士探偵の手がかりになる資料を手に入れたから、ブンちゃんと科学くんに調べて欲しいって」


「『もちろんです。デバイスに送るよう、伝えておいてください。今の案件が片付き次第、科学探偵と二人で対応します』」


「みんなにまかせきりで、ごめんね」


「『――と言うと思っていました』と、少女は未だ頼りないリーダーに呆れた視線を向ける」


 ブンちゃんは不敵に笑って、僕のお尻を思い切り叩いた。

 渋谷さんに似てきそうで怖いなぁと思って、苦笑してしまう。


 僕はまだまだ、みんなに頼りきりな無能探偵で。

 名実ともに『理想探偵』となるには、まだまだ時間がかかるかもしれない。


 それでもいい。

 少しずつでも、僕は進んでいく。


 探偵が必要のない世界の実現を目指して、仲間たちと一緒に――。


 ――『外道探偵 after 』へと続く。

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