第4話 Aの魔導書
寂しい。
誰かがいなくなるのは、とっても寂しい。
胸に穴があいたみたい。
この世界には危険がいっぱい。
元の世界にはない危険が。
だから、これからもこんな寂しさを感じなくちゃいけないのかな。
私が弱いから。感じなくちゃいけないのかな。
エリオがいなくなった。
お花を飾って、お墓を立てて、皆たくさん悲しんだ。
でも、悲しんでばかりはいられない。
生きていかなくちゃいけないし、やらなくちゃならない事もある。
それに。
皆、おとなだから。
悲しさとさよならして、すぐに立ち直っていく。
私とは大違い。
そう思えば、「シノンさんは子供なんだから、それでいいんですよ」って言われたけど。
子供だからって片づけられるのもちょっとむってなる。
大人だって、子供だって、悲しいと思う気持ちは同じなのに。
何が違うんだろう。
エリオが消えたギルドには、新しい人間がやってきた。
その女性は、そそっかしい女性。
彼女が、新たなハルジオンのリーダーとなった。
「はわわっ、今日からこのハルジオンでがんばらせていただきますっ。よろしくお願いします」
最初の挨拶はそんな感じ。
そして日ごろの彼女の様子は。
「もう皆っ、先生の言う事ちゃんと聞かなくちゃだめですよっ!」
「早くご飯食べないと、間に合いませんよっ!」
「あうっ、いたたっ。ごめんなさいよそ見してて。ぶつかってしまいましたっ! 痛くなかったですか?」
こんな感じ。
優しそうなのは同じだけど、エリオと違ってそそっかしくて、とてもおっちょこちょいな人だった。
前は学校の先生で、子供に勉強を教えていたらしい。
「はわーっ、誰ですか! 食べ残しはちゃんと片付けてくださいっ!」
それで、「はわーっ」とか「はわわっ」とかが口癖。
悪い人じゃないと思うけど、何だか複雑な気分だった。
エリオとは色々違う。
全然違うから。
エリオは色んな事を上手にこなせたけど、この人は違うのだ。
しっちゃかめっちゃかで、余計事態をややこしくすることもある。
皆は、そういう所がまたいいとか言ってたけど。支えてあげたくなるとか。
ちょっと分かんない。
見た目は、間違いなく大人なんだけどな。雰囲気が子供みたいな人だ。
その人の名前は、エリーシア・ランアウェート。
愛称はエリー。
ギルドの人達は、そう呼んでる。
「ははは、エリーはそそっかしいな」
「ほらほら、足元に気を付けないところんじまうぞ」
「あっ、言った傍から」
「はわっ、きゃん! いたたた。誰ですかぁ。こんな所に落とし物したの。駄目じゃないですかっ! めっ!」
皆はエリーの事を受け入れてるけど、私は複雑。
そこは、エリオの居場所なのにって思っちゃう。
エリオの事なんて忘れちゃったみたいに、皆が楽しそうにお喋りしてるのが嫌なんだ。
そんなはずないって分かってるけど。
エリーがやってきて、ギルドに変化が訪れたように、町中にも変化がやてきた。
最近色んな所で、怪しげな魔道具やアイテムや魔法書の話をよく聞くようになった。
なんか流行してるみたい。
悪い人達は、魔道具やアイテムや魔法書をあちこちで作って、法外な値段で売りさばいているみたいだ。
魔法が使えるようになる怪しいお薬とかはテキハツで没収されたらしいけど、まだまだたくさんの違法なアイテムが出回っている。
被害者は数十人になるそうだ。
その中で特に問題になっているのは、Aの魔導書らしい。
何でも、Aの魔導書は凄いらしい。
そのすごい魔導書に聞けば、世の中の事を何でも答えを教えてくれるとか。
すごく怪しいけど、実際に騙されてお金を沢山とられたという人が多いみたいだった。
どうしてそんな簡単に騙されるんだろう。
「ねぇ、スフレ。魔法の道具ってどうやって作るの?」
便利だけど、凄く困った騒動の元になる事がある品物。そんな魔道具やアイテムに興味が湧いた。
戦えないなら、道具を作る面で皆に役に立つ事、できないかな。
スフレは私の質問に答えてくれる。
「それらの品物の数々は、錬金術師によって作られますよ。たまに回復薬のポーションなんかは、調合士さんなどでも作られたりしますけど」
「それって魔法使いがやる事とどう違うの?」
「専門的な事は私にも分かりませんけど、私達が魔法を使う時、空気中にある魔法の力を取り込んでいるのに対して、錬金術師や調合士は元ある素材と素材を合わせて、さらに空気中にある魔法の力を利用し、まったく他の物質を作り上げるんです。そうそう、彼等は自分の中の生命力も使っているらしいですね」
「何だか、難しそうだね」
よく分からない事だらけだったけど、考える事が多そうで私がなれるとは思えなかった。
ただでさえ、ミジュクで半人前なんだから。
詐欺の話が広まって、一か月くらいが経った頃。
あんまりにも詐欺が横行するものだから、色んなギルドで協力する事になったみたいだ。
そういうのを同盟を組む、というらしい。
それで私達のギルドも同盟を組んで、悪い奴等をやっつける事になった。
それでハルジオンの皆は、色んなギルドの人達と情報を照らし合わせて、悪い人たちの根城を探している最中だった。
ギルドの作戦室であれこれ言い合ってるのを、扉の向こう側から何度も見た。
私は、そんな皆の役に立てるように、何ができるんだろう。
魔法の練習はちっとも上達しないし、お手伝いも上手くできないし。
「こんな所にいたんですか。盗み聞きしてたって頭がよくなるわけではありませんよ?」
「だって」
「ほらほら、皆さんのお夜食をつくります。人手が足りないそうなので、シノンさんも食堂のお仕事手伝ってください、いいですね?」
「はーい」
数日後。ハルジオンの皆は、Aの魔導書の工場をテキハツするお仕事で、出かけていった。
ギルドに残ったのは非戦闘員と、ミジュクな私達だけだ。
やっぱり戦力外。
その中にはリーダーであるエリーシアもいる。
エリオはたまに仕事についていく事があったのに、エリーシアは一度もそういうのはない。
おそらく、戦闘する力がないのだろう。
魔法なんかも使えないみたいだった。
それなのに、どうしてギルドのリーダーなんかになったのだろうか。
すごく不思議だ。
お留守番中のがらんとしたギルド施設の中で、一人で勉強をしていたら、エリーシアが話しかけてきた。
「はわっ、シノンさん。勉強はどうですか? ちゃんと進んでいますかぁ?」
「一応」
そんな風にされても、何を話せばいいのか分からなくなるから困る。
「どうしてエリオの場所にきたの。そこはエリオのなのに」
だから、つい言わなくてもいい事をいっちゃう。
すると、エリーシアは優しげな目になった。
どうして?
「はわー、シノンちゃんは優しいですね」
「なんで?」
「エリオの事が大好きでとっても大切に思ってる証拠です」
「だって、エリオは私のお母さんみたいだったもん」
とっても優しくて、温かくて、だから二人目のお母さんみたいだと思っていた。
ずっと見守っていてほしかったのだ。
エリオは、この世界に来てしまって不安だった私を受け入れてくれたのに。
まだ何も返せていない。
なのに、いなくなってしまった。
「誰かを大切に思える子は優しい子です。私は優しい子を見ると、もっと応援したくなっちゃいます。というのも、親友を見てる気分になりますから」
エリーシアには、優しい友達がいたみたいだった。
その人とは、とても仲が良くて、いつも一緒にいたって言う。
ほわほわしてるのに、妙に強かったり、笑ってるのに怒ったりする事があったり。
でもその友達が亡くなっちゃったから、その人の想いを継ごうとしてるんだって。
それで、ギルドのリーダーになったんだって。
このハルジオンの。
「その人ってもしかして」
「ふふふっ、ただの友達の話ですよ」
エリーシアは意味深に笑うだけで、明確には教えてくれなかった。
けど、ちょっとだけエリーシアの事が分かったからなのか、前みたいに「そこはエリオがいるのに」とは思わなくなった。
これって良い事なのかな?
翌日。
ギルドの人達は無事に帰ってきた。
怪我したり、武器が壊れたりして、皆大変そうだったけど、一人も欠けてはいなかった。
良かった。
またエリオみたいにいなくなれたらどうしようかと思った。
それは良かったんだけど、何故か仲間(?)が増えた。
なぜか皆、Aの魔導書を持ち帰ってきてたから。
その魔導書は、ハルジオンが保管する事になったみたい。
適合者っていう人が、このギルドにいたから有効活用する事にしたんだって。
何でも色々あって、魔導書に自意識(心?)が芽生えたらしく、壊すのが後味悪そうだってことで、ギルドで引き取ることになったとか。
重要な部分は壊されてるから、何でも分かるアイテムじゃなくなっちゃったみたいだけど、計算とかはすごくて、ギルドの帳簿係を任される事になった。
その働きぶりはすごい。
新人なのに、皆の財布の中身を完全に把握してるし、ギルドの財政状況も丸裸にされたみたいだ。
「今月の支出で不正な項目を発見しました。おそらくメリアスの個人的趣味の支出でしょう」
「すいません」
無駄遣いの多いメリアスが怒られてる。
「この部位に少し工夫をすれば、生活費が浮くはずです」
「そうだったのねー。ありがたいわー」
ほんわりおっとりのエリーシアはあいからわず。
なんだかとっても、縁の下の力持ちになってしまった。
ギルドではその日から無駄遣いが減って、ちょっとだけ貯金が増える事になった。
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