第3話 ターニングポイントにもならない悲劇
最近多くの人が噂をしている事がある。
それは闇社会に生きる商人が持ち込んできた、揺りかごという商品に関してだ。
それは、魔法が驚くほど上達する品物らしい。
色々と話に尾ひれがついていたり、違う内容も時々聞く事があるけれど、おおむねこの3点の内容をよく聞いていた。
おおむねそんな感じの噂を聞く。
それが本当だったなら、どんなに良いだろう。
でも、だからこそそれが本当だったら、噂などにはならず堂々と広まっているはずだから。
私は騙されたりしないのだ。
ハルジオンの一員として立派な皆と同じように、堂々と泰然と悠然と構えていなくてはいけないのだ。
「おやおや、シノンちゃんじゃないかい、どうだい、お茶でもしていくかい? 美味しいお菓子もあるよ」
「お菓子! やった!」
説得力がない?
知り合いのお誘いは別だよ。
揺りかごの噂が広まった頃、町の子供達がふとした瞬間に消えてしまうという事件が頻発していた。
子供を狙った誘拐事件だ。
あまりにも数が多いため、各ギルドの者達が連携して事にあたるようになった。
それで、困った町の人達の話を聞きつけた、私達のギルドもその事件を調査する事になった。
でも、私は新人だからずっとギルドでお留守番だけど。
私のお目付け役として同じように残らざるを得なかったスフレに聞いてみる。
「スフレはどうして子供達がいなくなっちゃったんだと思う? 家出とかじゃないのかな」
「家出の可能性もあるかもしれません。けれど、でも同じ目的で何人もいなくなるのは不自然です」
「んー、そっか」
「同じ時期に噂になった揺りかごが、この事件に何らかの形で関与している、とは思いますけどね」
ギルドの人達は、町で聞き込み調査をすると同時に、交代で夜に起きて見回りをする事になった。
本当は私も、皆みたいに調査とかして、役に立ちたかったんだけど、「未熟なうちに頑張ると足を引っ張ってしまうかもしれませんよ」とスフレにクギをさされたから。
だから、皆の帰りを待ちながら、私はスフレとお話していたのだ。
「何でいなくなったんだろうね。ハーメルンの笛吹きみたい」
「何ですかそれ」
ハーメルンの笛吹きを知らないスフレに私は「えっとね」その話を説明していく。
細かい話は分からないが、ある町に笛吹きの男の人がやってきて、その笛吹きについていった子供達が一夜にしていなくなってしまったみたいな感じだ。
「そんな事があるんですね、変な話ですね。創作ですか?」
「んー、分かんない」
確か実際にあった話とか聞いたけど、本当の所はどうなんだろう。
私の元いた世界は魔法が使えない世界なのに、そんな不思議な話があったから、覚えていたのだ。
夜の時間、ギルドの中は皆、出払っていて空っぽ。
部屋の中でスフレと一緒にお話しながらうとうとしていると、不意に窓の外で影が動くのが見えた。
人だ。
小さな影が月の光に照らされて、夜道を歩いている。
子供が歩いてる。
けれど「あれ? 何だか変」その子達は、どこかぼんやりとした顔で、ふらふらと歩いていたのだ。
普通じゃない。
「ねぇ、スフレあれ見てっ!」
「何ですか?」
スフレに窓の外を指さして教える。
スフレは「どうしてこんな時間に出歩いているんでしょう」そう疑問に思ったけど「まさか」すぐにピンと来たようだ。
「例の誘拐事件かもしれません、他の人達に教えなければいけませんね」
「私も行く!」
私達は部屋をでて、急いでギルドに残っている他の人達に伝えようとした。
でも、その間、子供達を見失ってしまうかもしれない。
せっかくの貴重な手がかりが目の前にあるのに。
私はスフレについていこうとして、思いとどまった。
そして、部屋に戻って「えいっ」窓から外に出る事にした。
私も皆の役に立ちたかったから。
「後をつけていくだけなら、大丈夫だよね。危ない事するわけじゃないし」
こっそりしていれば、大丈夫なはず。
ふらふら歩いていく子供達をつけていく。
でも、まわりには怪しい人影はいなかったから。
だからついに話しかけていた。
でも、反応は帰ってこない。
「ねぇどこに行くの?」って聞いたけど、何も答えれくれなかった。
腕を引っ張ったら足を止めてくれるけど、また歩き出してしまう。
しょうがないから、私はその子達の後をついていく事にした。
少し歩いた後、子供は、ある場所へと辿り着いた。
町の外、目立たない場所でとまっていた馬車だ。
そこから大勢の大人の人達が出てきた。
その人達は、笑いながら「揺りかごの材料がたくさん手に入ったぜ」そう言う。
よく分からないが、最近噂になっている「魔法が使えるようになる道具」というのは、子供達を集めて作っていたようだ。
具体的な事は分からないが、そんな事をさせてはいけない。
止めないと。
だから、私は「そんな事やめて! 子供達をたくさん集めてひどい事するつもりなの!?」そう言ったのだ。
すると、大人達は私の態度を見て「ああん?」と怪訝そうな声をだした。
「まともなガキがいるじゃねーか、余計なネズミが入り込みやがって」
「どうする?」
「そんなの決まってんだろ」
背後から人の気配がした「こうするんだよ」何かで殴られたみたいだ。
私はふりかえる間も逃げる間もなかったから、その場に倒れ込む。
「はははっ、追加の材料ゲットだぜ」「間抜けな子供だったな」大人達は笑いながら私の体を掴んで、他の子供達と一緒に馬車に乗せていった。
「正義感をふりかざすだけじゃ、事件は解決しないんだぜ、お嬢ちゃん」
小一時間くらい走ったと思う。
意識を無くしていたから正確な時間は分からないけれど、星の位置で考えるとたぶんそれくらいの時間んは経っているはず。
馬車が止まったら、扉が開いた。
私達を捕まえた人達が「出ろ」と言った。
子供達が出ていって、最後に私も外に出ていく。
子供達はずっとぼんやりしたままで、逃げ出そうとはしない。
もし、正気に返っていたとしても知らない場所だったから、町に戻るのは難しかっただろう。
それは私も同じ。
だから大人しく従うしかなかった。
「さっさと歩け、ぐずぐずするな」
私達は、小さな洞穴みたいな所に入って、奥へと進んでいった。
狭くて暗い道をずっとまっすぐに進むと、檻がたくさん並んでる場所に辿り着いた。
そこには多くの子供達が入れられていて、皆不安そうにこちらに視線を向けていた。
たぶん、私達みたいに攫われてきた子供達なのだろう。
こっちの子供達は正気らしい。
大丈夫だよって言ってあげたいけど、今の私にできる事なんてたかが知れてる。
そもそもドジをして捕まってしまったのだから、きっと説得力がない。
自分の無力さに腹が立った。
皆だったら、きっとうまくやるだろうに。
「ここに入ってろ。煩くしたら、ぶっ殺すぞ」
指示されて檻の中に入れられる。
大人の人達が去っていくのを、私はただ見つめる事しか出来なかった。
数時間経ったら、子供達が正気を取り戻したらしい。
ぼうっとしていた子供達が、周囲を見回して気がつくと、混乱しはじめた。
「おかあさん、どこっ!」「ここどこぉ!?」「こんなとこやだ。おうちにかえしてっ!!」
子供達が泣き始めると、大人達がやってきて「うるせぇぞ、ガキ共」そう怒鳴った。
そして、ナイフを見せて「次騒いだら殺すからな、静かにしてろ」と脅していったのだった。
子供達は怯えて震えるが、もう何も言わなくなった。
「ひどい。あんな風に脅すなんて」
犯人達の態度が許せなかった。
でも、どんなに許せなくても、相手の方が強い。
弱い人や力のない人は、強い人に意地悪されても泣き寝入りするしかない。
それが現実だ。
元の世界でも、ルールや規則があったけど、結局は弱い人は強い人のいいなりにならなくちゃいけなかった。
正しい事を言ってても、それが報われるとは限らないのだ。
それからさらに時間が経つと、聞き慣れた声が耳に届いた。
間違えるはずがない、ギルドの皆の声だ。
皆が助けに来てくれたのだ。
激しい戦いの音が聞こえる。
ややあって、檻の前まで皆が来てくれる。
「助けにきましたよ。大丈夫ですか? シノンさん」
「スフレ!」
「心配かけた事については、後でしっかり叱りますからね」
「ごめんなさい」
スフレや皆は、牢屋を開けてあっという間に子供達を助け出してみせた。
皆助かったのだ。
かくつけてきてくれた皆は、すごく頼もしかった。
ギルドの皆が悪い人達をしばりあげて、洞穴から出る事ができた。
帰ったら、この人たちを引き渡して、巻き込まれた事件についての事情聴取を受けなくてはいけない。
疲れたけど、まだまだやる事はたくさんだ。
他にもきっと。
勝手な事をしたのを、皆から叱られるだろうし。
だけど、先の事を考えるのはまだ早かった。
洞穴から出る時、何かが飛んできた。
「シノン、危ないっ!」
助けに来てくれたギルドの皆の中からエリオが駆け寄って、私を突き飛ばした。
突き飛ばされた私は、鮮血が飛び散るのを見た。
暗い月夜でもはっきりと分かる。
赤い色。
見ると、エリオの胸に矢が刺さっていた。
「エリオ!」
私はエリオにかけよる。
血が流れ出してきて、エリオの服は真っ赤になっていた。
他の人たちが「伏兵」だとか「他の仲間がいたのか」とか言ってたけど、頭に入ってこない。
エリオはこんな所で死んで良い人じゃない。
私みたいなのをかばって死んで良いはずない。
エリオは皆のリーダーで、とってもすごくて、優しくて。
皆の面倒を見れて、美味しいご飯も作ってくれる。
だから、新入りの私の代わりになっていいはずない。
ギルドの皆が心配して手当てをしたり、治癒魔法をかける。
でも、だめだった。
「シノン、最後まで面倒をみてあげられなくてごめんね」
最後の言葉だった。
エリオは、私のせいで死んでしまったのだ。
私が勝手な事をしなければ、エリオがこんな目に遭う事はなかったのかもしれないのに。
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