第2話 エデン



 エデン


 この世界の頭上には、落ちた楽園という場所が存在している。

 昔から伝わるおとぎ話では、


 この世界の人間達は、遥か昔はその楽園で過ごしていたらしい。


 どこまでも広がる青い空の、蒼穹に包まれて浮遊する美しい庭園で。


 けれど、禁忌の果実である赤いリンゴを人間が食してから、楽園が穢れきり、人々は地上で生活しなければならなくなった。


 しかし人々は、その楽園に定期的に訪れて、穢れの象徴である魔物が増え過ぎないように狩って、平和を保っていた。


 そんな話だ。


 どこまで本当か分からないけど。


 エデンは実在する。


 私達のギルドは、そのエデンの魔物の討伐をする事がある。


 一か月に一回か、二回。


 増える魔物をまとめて狩るのだ。


 他のギルドも魔物狩りをしている。


 がんがん狩りを行っている、専門のギルドもあるようだ。


 ハルジオンのギルドは全然少ない回数だけれど、魔物からとれる牙とか鉱石とかが高く売れるので、運営費の為に苦労してでも討伐に向かっているのだ。


 人助けとか困り事解決の方が、得意分野なんだけど。これからのためだ。








 エデンは今日も危ない場所だった。

 わんさか魔物達がいるし。


 人間を見かけると、すぐ襲ってくる。


 そんな魔物達を、えっちらおっちら仲間達が退治していった。


 矢を射ったり、斧で斬ったり。


 もしくは魔法で攻撃したり。


「標的発見っ! みんな、息を合わせて攻撃するぞっ!」

「よしっ、今だ!」


 ギルドのサブリーダー(魔物狩りが得意)の声に応じて、皆が攻撃を開始。

 私も精一杯練習した風の魔法をぶつけてみた。


 だけど弱いので、皆みたいにうまくいかない。


「うぅ。また、今日も魔法が届かなかった」


 大きな火やすごい音を立てる電撃で、皆は魔物を退治していくのに。


 私はほとんど見てるだけが多い。


「大丈夫です。最初は皆そんな感じなんですから。次はきっと頑張れますよ」


 スフレがそんな風に励ましてくれるけど、きっとそれはまだまだ当分先だ。


 私がここに連れてこられたのは、社会見学の様な物だった。


 皆優しいから、この世界の事にうとい私を色んな所へ連れ回してくれるのだろう。


 嬉しくもあけど、ちょっと申し訳なくも思う。


 早くみんなと一緒に戦えるようになりたい。







「「「いただきますっ!!!」」」


 お昼時になったら、安全な場所を見つけて、休憩。


 エリオがギルドの皆の為に作ってくれたお弁当を広げる。


 運動後仕様だからちょっと塩味が聞いてるけど、とても美味しい。


 温かくはなくて、作り立てでもないけれど、不思議とエリオのお弁当はいつでも美味しいんだよね。


 どうやって作ってるんだろう。


 おかずは全部大人気だから、とりあいになっちゃう。


「あっ、今の俺のとっただろ!」「よそ見する方が悪いんだ!」「おいっ、こらどさくさ紛れにまたとるな!」


 そんな風にみんなが食器をお弁当につっこませるから、戦いみたい。


「もぐもぐ。エリオが作ってくれたおべんと美味しいなー」


 お弁当を食べる時は腹ペコな仲間達にうっかりとられないように気を付けなければならない。


 でも、うっかり美味しいお弁当の具の味に浸りそうになるから、いつも注意し続けるのはけっこう難しい。


「美味しいですか? ならこれも分けてあげますよ」

「いいの? ありがとうっ、スフレ!」


 私の言葉を聞いていたスフレが、美味しいお弁当の卵料理を分けてくれた。


 美味しい物を食べると幸せになるから不思議だ。

 一人で食べるより、皆でこうして食べるのも凄く楽しいし、幸せ。


 私は今とても幸せ者だ。










 お昼ご飯を食べた後も、魔物退治は続行。


 魔物をうんとたくさんやっつけて、素材になるものを集めてく。


 私は戦えないから、もっぱら仕分け専門。


「これは高く売れるやつ。こっちは高く売れないやつ」


 高く売れそうなやつは、傷がつかないように丁寧に布でくるんで分けておく。


 高く売れない奴は、まとめて運びやすいように一つの袋に詰めておく。


 そんな作業をしていると、仲間の一人が通常の個体よりも大きな魔物を発見したみたいだった。


「異常個体がでたぞー!」


 発見した人が大声を上げて、他のメンバーたちに知らせていく。


 異常個体は、体が大きいだけじゃなくて力も強い。


 狩り専門のギルドの人達も、用心しなければならない相手だ。


 私達なんかのギルドは、一人でいたら確実にやられてしまう相手だった。


 だから注意しなければならない。


 しかも、大変なのはそれだけじゃなかった。


「手配魔物じゃないかっ!」その魔物は、手配されている中でも特別に狂暴な魔物だった。


「千年竜が出たぞっ!」

「ヘルドラゴンとならぶ魔物じゃないか!」

「気をつけろ! ブレスには注意だ!」


 狩りの時に何人も被害者が出ると、その魔物は手配魔物として手配書が作られる。


 目の前の魔物もそんな魔物のようだった。


 後で聞いたら、被害者が三桁もいったとの事だ。


「的にされるぞっ! 散開しろ!」


 異常個体の手配魔物は、こっちをむいて飛んでくる。


 大きな蛇みたいな体をしている。


 けど魔物の蛇は、普通の蛇と違って頑丈でちょっとやそっとの攻撃ではやっつけられない。


「シノンさん気をつけてください」

「うん、スフレも」


 私達は、周囲に散らばりながら相手をすることになった。


 一度格上の魔物に目をつけられたら、下手に逃げると被害が拡大してしまう。

 






 戦闘は熾烈を極めた。


 何度も危険な状況に陥って、もうだめかと思った。


 でも、他のギルドも手伝ってくれたから何とか倒す事ができた。


 大勢で手配魔物を囲んで、一斉に魔法を撃ったり、武器で戦ったりしていた。


 まわりから取り囲んで、息つく暇もなく攻撃。


 連携を途切れさせないように立ちまわった。


 私は風の魔法をちょこっとだけ起こして手伝いしたけど、微々たるものだった。


 魔物は、一時間くらいで倒す事ができた。


 そんなに長時間戦った事が無かったので戦闘が終わったとたんに、みんなへとへとになって、地面に倒れ込んでしまった。


 私が皆を見て「もっと魔法が上手だったらいいのに」と言うと、スフレは「ない物ねだりしてると、足元がおろそかになりますよ」と言ってきた。


「目の前の良い事や楽しい事をなくしてまで、遠くの幸せを望む必要はないじゃないですか」

「でも、がんばらないと、目の前の事までなくなっちゃうかもしれないじゃん」

「それはそうかもしれませんが」


 今日のスフレはちょっといじわるだ。

 スフレは私より色んな事ができるから、そんな事が言えるのだ。


 そういえば、魔法が格段にうまくなる秘密の方法があるって、町の中では噂になってるらしい。

 今度調べてみたらどうだろう。


 何はともあれ。


「皆が無事でよかったね」

「そうですね。シノンさんも」


 今日のお仕事は終了だった。

 大きな怪我もなく、皆で帰る事ができて良かった。


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