第25話「消えない炎」



「よし、依頼を受けましょう」

「え?」


 夢、透井、卓夫、香李の4人は、ルオース地方に来ていた。この地方には武器や防具、魔術書などの様々なアイテムを取り扱う店が多く並んでいる。門を潜って町中に着いた途端、夢が正式なクエストへの参加を提案した。


「そろそろ私達もモンスターの戦闘にも慣れてきたし、ここいらでお金を稼ぎたくなっちゃった」

「確かに、クエストの報酬が手に入ったら、それでちゃんとした武器や防具が買える……」

「ハルさんの発明品も結構良いでござるがな」


 夢はあちこちで見かける勇者の姿を眺めていた。彼らは勇者へのクエスト専用の掲示板を見て、依頼を引き受ける。結果に応じて報酬が与えられ、その費用で宿に宿泊したりアイテムを購入したりしている。

 自分達も現実世界の住人であるが、遊びなりにも勇者を名乗っている。漫画のキャラクターの真似事がしたくなったのだ。


「せっかくシュバ大の世界に来たんだから、こういうことしなくちゃ!」

「私も……まだ戦闘に慣れてないから実践を積みたい」

「おぉ~、これこそこの世界の醍醐味でござるな!」

「あんまり無理しない程度にな……」


 話は決まり、夢達は役場の前に立つ掲示板へと駆けていく。自分達の現在のレベルに適したクエストを探した。しかし、それより先に大々的に目に飛び込んできた一枚の依頼書が貼り付けられていた。


「フレアモス……?」


 上部には大きく『討伐依頼』と掲げられ、下部にはフレアモスというモンスターを討伐してほしいという旨の説明文が記されていた。白い用紙に記された他の依頼書とは違い、赤い用紙であったためによく目立っていた。


「フレアモスって……?」

「確か蛾の姿をしたモンスターでござるな。中盤あたりでたまーに登場しておった……」

「あんまり登場してないからどんな奴か忘れちゃったよ……」


 夢達は首をかしげる。報酬は50000バルツとかなり弾んではいる。アイテムの入手よりも、モンスターの討伐依頼の方が金額は高いようだ。更に戦闘経験を積むために、リスクを取ってモンスター討伐に挑むべきだろうか。


「あ、おじさん」

「何だい?」


 たまたま近くを通りかかった老人がいた。彼も腰に短刀を携えており、勇者の一人のようだ。夢はその老人を捕まえ、フレアモスの詳細について尋ねることにした。


「フレアモスってどんなモンスターだっけ?」

「ん? 赤みがかったオレンジ色の羽を持った蛾のモンスターだよ。そういや最近ここいらで火事が多発してるもんなぁ」

「火事?」

「あぁ、フレアモスの仕業だろうな」


 フレアモス。大きな蛾の姿をしたモンスターだ。奴は低空飛行しながら高温の火を吹いてくる。死に値するほどの火力ではないが、空を飛ぶ羽と火炎放射攻撃はかなり厄介である。

 一部の勇者の話では、巣から取れる蜜は格別で、スイーツの材料や調味料などに使われているらしい。現実を謳歌できないオタク共にはどうでもいいような話だろうが。


「おい作者!」

「なるほど、火事の被害を止めるために討伐依頼が出されたわけか」


 透井が再び依頼書を眺める。フレアモスが討伐されれば、火事は食い止められ、被害は途絶える。こんなにも多額の報酬が設けられていることにも納得だ。


「赤みがかったオレンジの羽かぁ……」

「ほら、丁度あんな感じの蛾だよ」

「なるほど、綺麗ですね~」


 老人が指差す先には、民家の庭を悠々と飛ぶ大きなフレアモスがいた。実に綺麗なオレンジ色だった。






『えぇぇぇぇぇぇぇ!?』


 しばらく沈黙が続いた後、一同は驚愕の声を上げた。不自然なまでに大きい蛾が飛んでおり、それが本物のフレアモスであることに気が付くのに、かなりの時間を有してしまった。


「なんでここにいんの!?」


 ようやく言いたいツッコミが口から出てきた夢。どの町にもモンスターは侵入できないように、出入口の門に強力なモンスター避けの魔法がかけられている。

 先日の見世物小屋事件のように人為的にモンスターを連れてこない限り、町中に出現するなどあり得ない話だ。モンスターが自ら町に侵入することなど不可能である。


「まさか! 門の魔法が!」


 老人は走り出した。考えられる可能性は、何者かが捕らえたモンスターを町中で解き放ったか、あるいは門にかけられたモンスター避けの魔法が解除されているかだ。老人は後者の可能性を確かめるべく、門の近くまで駆け寄った。


「うわぁぁぁ!!!」


 老人が門に触れようとした途端、フレアモスの大群が一斉に門の外から飛んできた。目視で確認できるだけでも100羽は超えている。やはりモンスター避けの魔法が解除されているようだ。


 ガァァァ……

 住宅街の方へ飛んでいったフレアモスが、家に向けて火を放った。お得意の火炎放射攻撃だ。町の中央に置かれた危険を知らせる鐘がけたましく鳴り響く。




「み、みんな! 行くぞ!」


 少々呆然としてしまったが、冷静さを取り戻して夢達を率いる透井。


「行くわよ!」

「おう!」

「えぇ!」


 透井と夢、卓夫はそれぞれヤケドシソードを、香李はビコビコハンマーを握って駆け出した。同じく町中にいた別の勇者達も、各々の武器を掲げて戦闘体勢に入る。数多の死地を潜り抜けてきただけあって、勇者達は意識の切り替えが早い。


「はぁぁぁ!」

「食らえ!」

「こんなもんチョロいぜ!」

「今更フレアモスなんかに手こずるかよ!」


 勇者は剣や魔法で次々とフレアモスを攻撃していく。体長約1メートルとそれなりに大きい体を持ってはいるが、戦闘慣れしている勇者にとっては虫けら同然だった。


「流石! それじゃあ我らも!」

「今度はこっちが火に飲み込んでやるんだから!」

「えいっ!」


 夢達もヤケドシソードでフレアモスを両断し、ビコビコハンマーで潰していった。夢達にも簡単に倒されてしまい、一同は呆気なく感じた。報酬50000バルツも早くも近付いてきた。


「フフッ、大したことないわね♪」




 ボッ


「え? 熱っちゃちゃちゃっ! 熱っちゃ~!?」


 夢はジャージの尻部分が引火していることに気付き、あまりの熱さに悶絶した。すぐに手で叩いて消火することができたが、辺りを見渡すとフレアモスの数が全く減っていないように見えた。これは大群で襲ってきたからではなかった。


「あれ?」

「はぁぁぁ!!!」


 すぐ隣で透井が一匹のフレアモスを斬り殺した。羽と胴体を一瞬にして離れる。少々焼け焦げた弱々しい体がゆっくりと地面に落ちていく。




 ズズズ……


「……え?」


 透井は目を疑った。彼の目に写ったのは、フレアモスの千切れた羽と胴体がゆっくりと近付き、くっついて繋がった光景だった。そして、再び悠々と空中を飛んでいる。今殺したはずのフレアモスが、生きている。


「さ、再生した……?」


 透井は唖然とした。時を同じくして他の勇者もそのことに気が付き始める。自分が殺したはずのフレアモスが生き返り、活動を再開する。

 切断された胴体はくっつき、潰された羽は傷が消えて綺麗になる。まさに再生と表現するしかないあり得ない現象に、この場にいる誰もが困惑していた。


「な、なんで生き返ってんのよぉ……」

「馬鹿な……フレアモスにこんな特徴は無いはず!」

「ど、どうするの? どうやって倒すの?」


 夢達は火を吐いて飛び回るフレアモスを見つめることしかできなかった。家が燃え、住人が慌てて外へ出ていく。炎が次々と住宅街を飲み込んでいく。

 帯びたしい数の大群と、殺しても殺しても生き返る謎の現象。二つの厄介な要素が合わさり、戦闘は困難を極めた。


「どうすれば……いいんだ……」


 夢達の中で一番戦闘力のある透井も打開策が見つからず、ただ呆然と立ち尽くしていた。


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