第26話「大大大ピンチ」
「あっ、崩れる!」
避難した住民が崩れ落ちる家屋を指差す。フレアモスが吐いた炎が柱を燃やし、崩壊させた。住民は消火しようと町を流れる川から水を汲むが、まるで追い付かない。勇者もフレアモスの討伐を強いられているが、戦況は停滞している。
それもそのはず……
「くっ、こやつら……切っても切ってもキリがないでござる……」
なぜか襲ってきたフレアモスの大群は、異常なほどの再生能力を持っていた。本来備わっているはずのない再生能力が、終わりの見えない戦闘が、勇者達を苦しめる。何とか攻撃を続け、火炎放射の機会を防いでいるが、いつまで耐えられるか分からない。
「こんなの聞いてないよ! もぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「夢さん落ち着け!」
夢はやけくそになってヤケドシソードを振り回す。しかし、どれだけフレアモスの胴体を切断しても、すぐに繋がって活動を再開する。もはや火炎放射よりも再生能力の方が厄介だ。
「ぐあっ!」
住民の一人が悲鳴を上げた。なんと、彼の体から煙が上がっている。煙が上がっている左腕の猛烈な痛みに苦しんでいる。
「あれって……」
「熱っ! あぁっ!」
煙の上がる傷口を押さえて苦しみ始める別の住人。これはフレアモスの火炎放射によるものではない。奴らの火炎放射は他の勇者が攻撃を継続して何とか防いでいる。その隙に別の何かにやられたのだ。
「……!」
その別の何かは、すぐさま透井の目の前に現れた。
「ベネジクト!」
瓦礫の影からベネジクトが飛び出してきた。透井は瞬時にヤケドシソードで胴体を切断する。火力をまとわせた攻撃は虫型のモンスターに
「こいつらまで!」
「だー! クソッ!」
「キモッ! 近寄らないで!」
フレアモスだけでなく、ベネジクトまで群れを引き連れてやって来た。門のモンスター避けの魔法の効果が途切れているため、外からいくらでも侵入し放題だ。透井が辺りを見渡すと、ベネジクトが毒液をそこら中に撒き散らして暴れていた。
「なっ……」
「こいつらもかよ!」
「あー! ムカつく!」
夢達は頭を掻きむしる。なんとベネジクトまでもが、切断された胴体を繋げてしまった。奴らも再生能力を手にしていたのだ。当然これは元々ベネジクトに備わっている能力ではない。傷口が塞がれたベネジクトは、再びモソモソと細い足を動かして走り始める。
「ぐはっ!」
「バルタロス!? うわぁぁぁ!」
「サイレントウルフだ! ぐっ……」
「痛っ! あぁぁぁ!!!」
驚くべきことは立て続けに起こった。バルタロスとサイレントウルフも外から入り込み、戦場に乱入してきた。フレアモスの相手で精一杯だった勇者を攻撃し、どんどん蹴散らしていく。最悪な場所では既に死者まで出ている。
「きっとこいつらも再生能力を持ってる! 気を付けろ!」
「うん! って、熱っ!!!」
透井の警告を聞いていた夢が、フレアモスに背中を焼かれた。すぐさま胴体を切断して倒すが、再生能力の前では攻撃は無意味だった。勇者達はモンスターと戦うも、力尽きた者から順番に殺されていく。守りきれなかった住民も次々と死を迎える。
「何とか……何とか打開策を……」
透井の頬を冷や汗がつたう。数多のモンスターが勇者や住民を襲っている。まさに戦場と呼ぶにふさわしい地獄絵図。事態は一刻の猶予も許されない。このままでは自分達の命が危ない。現実世界ではなく漫画の世界で死ぬなど、おかしな話だ。
「ハァ……ハァ……どうすればいいのよぉ……」
夢があまりの猛攻に息を切らす。一番厄介なのはモンスターの異常な再生能力だ。何よりも先に再生能力を攻略しなければいけない。首をはねたり脳や心臓を破壊させたりしても、今の相手に効果はない。
では、どうすれば絶命するのだろうか。
「あっ……」
足元の瓦礫につまづき、透井はバランスを崩す。すぐ近くにサイレントウルフが迫っている。一瞬の気の緩みが命取りとなってしまった。
ザッ
「なっ!」
すると、横転しかけていた透井の体が安定した。何者かが駆け寄り、透井の体を支えたのだ。しかも驚くべきことに、胴体を切断されたサイレントウルフがそばに転がっている。
「コアを破壊するんだ」
「アルマス!」
透井を助けたのはアルマスだった。すぐにローダン、ドロシー、ダリアも現れ、戦闘に加勢する。シュバルツ王国最強のギルドが救出に訪れたのだ。
「奴らは“ゲースティー”になっている! コアを破壊しない限り絶命しないよ!」
「コア?」
「奴らの魔力の根源だよ。コアを破壊すれば体が崩れるから」
透井は下を見下ろすと、先程アルマスが倒したサイレントウルフの死体が、ボロボロと崩れていった。切断された箇所から淡い紫色の光を放ちながら、空気中に溶けていくように消えていく。今のサイレントウルフは胴体のど真ん中にコアが埋め込まれていたようだ。
「コアはゲースティーの体のどこかに埋められてるから、埋められてる部分を攻撃すればいいってわけ!」
「わっ、ドロシー!?」
ドロシーが槍でバルタロスの角を破壊しながら、夢のそばに現れる。角を折られたバルタロスは、力尽きて地面に倒れる。そしてすぐに体が光って消えていく。体をコアを破壊することで、奴らは再生することなく絶命するのだ。
「私の魔法で鈍らせるから! みんなお願い!」
「よく分からぬが、サンキューベリーマッチでござる!」
「マジックダウン!」
ダリアが手を伸ばすと、モンスター達の動きが鈍くなった。再生能力の攻略法を見つけ、更に魔法が使える勇者が増援に入った。一気に強力な武器が加わり、反撃態勢に入る。
「ソニックスティンガー!」
ドロシーが勢いよく槍を突き、一気に3匹のフレアモスを貫く。全ての個体が羽を貫かれ、その場で崩れ落ちる。羽の模様に見立ててコアが埋め込まれていたようだ。魔法が使える勇者はそれぞれ必殺技を駆使し、魔力を消費して強力な攻撃を放つ。
「出た! ドロシーの基本の必殺技!」
「夢、感動してる場合じゃないよ!」
バルタロスの角をハンマーで潰しながら、香李は夢に注意する。自分達は当然ながら魔法が使えず、必殺技も持っていない。故に地道に攻撃を続け、時間をかけてコアの位置を特定しなければいけない。足手まといになることを恐れながら戦う。
「ヒートダンス!!!」
アルマスが剣に炎をまとわせ、踊るように動き回り、飛んでいるフレアモスを切り刻む。素早い動きで次々とコアを破壊し、倒していく。夢や透井も思わず見惚れるほどの、実に美しい剣技だった。再生能力を打開したことで、モンスターの数も徐々に減っていく。
「ダメだ、まだ数が多い……」
「俺に任せろ!」
ローダンが2本のナイフを構えて走り出す。
「エクスタシーソード!」
ローダンは目にも止まらぬ速さで、次々とモンスターの急所を切り裂いていく。ギルドの中では一番の俊足を誇る彼は、消えゆくモンスターの光に包まれながら、尚も攻撃を続ける。アルマス達の活躍により、膠着状態だった戦況は一気に傾く。
「凄い……」
夢は本物の才能というものを目にし、攻撃を忘れて見入ってしまった。彼らの活躍を第1巻から応援してきたが、いざその勇姿を目の前にすると、感動のあまり言葉を失う。
どれだけ彼らの生き様に励まされてきただろうか。現実の光景として見られることはまさに奇跡だ。
「夢さん!」
「あっ……」
ガッ
先程から何度も手足を止めてしまう夢。モンスターにとっては格好の餌食だ。襲われそうなところを、透井が駆け付けて守る。夢を殺そうとしたベネジクトが、透井のヤケドシソードによって塵となる。
「立って! 戦うよ!」
「う、うん……」
夢を起こして去る透井。実は夢が動けないでいた理由は、アルマス達の勇姿に心を奪われていただけではない。恐怖による怯えだった。
すぐ隣でモンスターにやられた勇者の叫び声を聞いた。すぐ近くで血の海を目撃した。当たれば即死の攻撃が何度も頬をかすった。万がではなく、現実となった凄惨な光景を前にして、足がすくんでしまう。
「戦わなきゃ……私も……」
「あっ!」
ドスッ
透井が勇者の遺体につまづき、転倒する。襲うチャンスを狙っていたバルタロスが、透井目掛けて突進してくる。
「させるか!」
ガッ!
「うっ!?」
透井は咄嗟に遺体が握っていた聖剣を手に取り、突進するバルタロスの角へ振り下ろす。しかし、勢いが想像以上に強く、馬鹿力で吹っ飛ばされてしまう。地面に強く背中を打ち付け、激痛で悶絶する。
「透井君!」
バルタロスが瀕死の透井を見逃すことはない。再び唸り声を上げて突進し始める。透井は剣を握りながらも、膝をついて立てないでいる。夢は背筋が凍り、思わず駆け出した。
「危ない!!!」
透井が顔を上げると、バルタロスの角が目の前まで迫っていた。透井は死を悟った。
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