第24話「変わりゆく関係」



「ねぇ、ちょっと」


 放課後、鞄片付けを済ませて教室を出ようとした夢を、女子生徒が背後から引き留める。夢に陰口を言っていた例の陽キャ女子軍団だ。誰の目から見ても分かるような不機嫌な表情だった。


「あんたさ、また調子に乗ってる?」

「あんな記録を出したからって、いい気にならないでよね」


 案の定、5限目の体育の授業で、夢が超人的な記録を叩き出した件についてだ。普段は運動が苦手なアピールをしていながら、突然驚くべき才能を見せ付けた夢の態度は、彼女達には不服だったらしい。

 夢がピンチになると駆け付けるであろう透井だが、彼の姿は今は見えない。そのタイミングを見計らい、夢に突っ掛かっていったのだろう。


「べ、別にいいじゃん……」

「何? 口答えする気!?」


 女子生徒の一人が夢の胸ぐらを掴んで凄む。周りにはまだ下校していない生徒が何人かいる。目撃者がいるにも関わらず、なりふり構わず当たり散らしている。

 透井の目がどこで光っているかも分からないが、夢が脚光を浴びようとしていることが生意気で仕方ないようだ。


「あんなの偶然よ……あり得ないわ!」




「……ほんとにそう思う?」

「え?」


 ガシッ

 夢は胸ぐらを掴む女子生徒の腕を掴み返した。以前の夢からは想像も付かない力だった。筋肉がメリメリと小さな音を立てて軋んでいる。


「い、痛っ! 何すんだよ! クソッ!」


 女子生徒は怒りのあまり、握り拳を突き出す。もはや相手が実力行使に出た以上、自分も手加減は考えないようだ。いきなり反抗を始めたイキリオタク女子が気に食わず、痛い目を見せなければ気が済まない。


「……え、あれ?」


 しかし、突き出した拳は命中せずに空を切る。目の前から夢が一瞬にして消え去ってしまった。正確には、瞬き一つした次の瞬間には、夢の姿は教室内のどこにもなくなっていた。慌てて周りを見渡すが、見つからない。


「こっちだけど」

「なっ、この!」


 背後から声が聞こえ、夢が姿を現した。どういう原理だろうか。数秒の間だけ姿を消し、再び背後から現れた。女子生徒は再び殴り飛ばそうとするが、夢は軽々と腕を掴んで攻撃を止めた。


「あんた……一体……」

「“ジゲン”が違うのよ」


 バッ ドンッ!

 夢は女子生徒の腕を肩にかけ、背中に背負ってグルッと回し、彼女を投げ飛ばした。華麗な一本背負いだ。床に体を打ち付けられ、女子生徒は悶絶する。自分より体格の小さい夢に負け、信じられないという顔をしている。


「おぉぉ!!!」

「夢ちゃんカッケー!」

「見えた! 白!」


 心配そうに見ていた他の生徒達だが、夢が形勢逆転して一掃したことにより歓喜の声を上げる。夢はブレザーに付いた埃を手で払い、メガネをクイッと動かす。透井の助けなど不要だった。夢はもういじめっ子も相手にならないほど強くなっていた。


 なぜなら、彼女が普段から相手にしているものは、次元の違う強敵なのだ。


「偶然じゃない。あり得なくもない。これがリアル、現実よ」

「なっ、何なの……何なのよ……」




「おーい、浅香、何やってんだぁ?」


 すると、扉にもたれかかりながら怒りを露にする担任の存在に、夢は気が付いた。騒ぎを聞き付けてやって来たのだ。


「……ヤベッ」


 強くなったからといって、少々やりすぎたようだ。








「へぇー、それで指導を受けてて遅れたわけか」

「まぁ、確かにあの世界のモンスターに比べたら、イキリ陽キャ共などハナクソでござるな」


 先に着替えを済ませた透井と卓夫が、青樹家で夢を迎える。女子生徒に暴力を与えていたことが発覚し、担任からこっぴどく叱られた。暴力を与える側で指導を受けたのは、間違いなく生まれて初めてだ。


 しかし、着実に自分が力を身に付けていっていることが確かめられた。


「あ、香李」


 香李も着替えを済ませて研究室へやって来た。まだ参戦したばかりで実践的な戦闘は少なく、夢達よりも動きがぎこちない。女子中学生にはリアルなファンタジーバトル漫画の世界は厳しいようだ。


「香李も早く戦えるようになれるといいな」

「……そうね」


 勇気を出してオトギワールドに踏み入れるようになった香李だが、まだ明るい感情を表に出すことは少ない。戦闘を楽しんでいないわけではない。これは彼女の元々の性格だ。だが、夢はもっと感情豊かに漫画の世界を楽しんでほしいと望んだ。




「香李、お母さんね、いいもの作ってきたよ」


 すると、今度はハルが研究室に入ってきた。彼女の両手には手の平サイズの丸い球体の機械が握られていた。表面は平たく光沢が光っており、よく見ると小さなスイッチのような突起物が装着されていた。


「……何これ」

「気まぐれ爆弾。いい武器になると思って」


 夢達は爆弾を数個ずつ手に取る。今まで使ってきた武器はハンマーや刀などの近距離攻撃に特化したものばかりだった。敵に近付かなければいけないため、かなりリスクが高い。そのため、投げ付けて攻撃できる武器は非常にありがたい。


「あ、ちなみに使い方だけど、そこのスイッチを……」

「これですか? ポチッと」

「あっ、押しちゃダメ!!!!!」

「えっ!?」


 夢は思わず爆弾を何もない部屋の角に投げ付けた。スイッチを見つけると押さずにはいられなくなる人間の悪い本能が働いてしまった。爆弾はピピピッと音を立てながら床へ転がる。一同は慌てて爆弾から離れる。




 ポンッ!




「……あれ?」


 爆弾は煙を上げて爆発した。しかし、まるでクラッカーを炸裂させたように小規模な爆発だった。音が大変可愛く、大爆発を恐れていた夢達は拍子抜けした。


「なんか……ショボくない?」

「ごめんね。徹夜でフラフラな状態で作ってたから、火薬の調合がバラバラになってて……」


 爆発した跡を見ると、確かに少々床が焦げて黒くなっていた。しかし、爆弾と呼べるほどの攻撃力は期待できなかった。個体によって火薬の配分に大きさ差があり、どの程度調合していたかは、今となっては覚えていない。


 つまり、どれほど爆発の威力があるかは、爆発させてみないと分からない。


「えっと、とにかくスイッチを押した5秒後に爆発するから」

「……」

「ご、ごめん、香李……」




「フフッ、ほんと、ママの作るものってガラクタばっかりね」


 香李が笑った。口元に手を当て、子供のように笑った。夢達は目を大きく見開き、彼女の笑顔を目撃した。


「でも、頑張って作ってくれてありがとう、ママ」

「こっ、香李……」


 それは、娘が母親の前で見せた長年ぶりの笑顔だった。反抗期をこじらせて冷たい心を振りかざしていた香李が、友人を作り、共に遊び、笑い、そしてようやく母親の思いを受け止めてくれた。

 ハルは溢れそうな涙を必死にこらえた。娘の前でみっともなく泣いているわけにはいかない。今日も毅然と自分の仕事に取り組まなければいけない。


「うむ、やはり女の子は笑顔が一番! 笑顔の香李ちゃんが一番可愛いでござるよ♪」

「は? 何言ってんの、ハゲ忍者。キモッ……」

「ハゲッッッ!?」


 卓夫はまたもや香李の罵倒に胸を痛めた。




 カツンッ

 そして、卓夫の腕から気まぐれ爆弾がこぼれ落ちた。


「あっ……」




 ドカァァァァァン!!!!!

 研究室は大爆発に包まれた。不運にもスイッチの面が床に向けられ、落ちた弾みで押されてしまったようだ。更に不運なことに火薬が大量に仕込まれており、爆発の威力は先程の個体とは比でなかった。

 室内に充満した煙が廊下へと流れ出て、壁中黒く焦げた研究室が残された。幸いにも夢達に大きな怪我はなかった。


「……なるほど、確かに気まぐれね」

「ゲホッ……」


 灰まみれになった夢達は、爆弾の威力に恐れ入った。


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