第18話「大大ピンチ」



 私達は繁華街の裏にある暗い路地で休憩した。サイレントウルフを倒したことで、早くも自信がついてきた。それはもう一日で一国最強のギルドに成り上がれるのではないかと思ってしまうくらいの自信だ。

 あ、ちなみに「ギルド」というのは、複数人の勇者が組むチームのことよ。大人数で協力してモンスターを倒したり、アイテムを集めて商売したりしながら活動するの。


「この分なら、そろそろクエストなんか受けてみてもいいかもでござるな」

「そうか? 俺はもう少し訓練した方が……」


 透井君がヤケドシソードの刀身を布で磨きながら呟く。先程の彼の身のこなし、未経験者とは思えないほど軽やかだ。敵の行動を瞬時に察知し、一瞬で急所を見抜き、素早く蹴りを付ける。


 まるでユキテル君を彷彿とさせる動きだった。


「うへへ……」

「夢さん、何か用……?」


 思わずニヤけてしまった。今の透井君は、ユキテル君そのものにしか見えない。見た目はもちろんそっくりであることは今更言うまでもないけど、鮮やかな戦闘技術まで備わっているなんて、もはやユキテル君本人なのではと勘繰ってしまう。


 まぁ、あり得ない話だけど……。


「いやぁ、さっきの透井君の動き、なかなか凄いなぁって思って♪」

「あぁ、自分でもよく分からないけど、咄嗟に体が動いたっていうか……」

「くっ、これだからイケメンはいけ好かん!!!」




「ねぇ、君」


 すると、一人の男性が私達に声をかけてきた。痩せ細っていて、かなり年のいった中年のおじさんだ。みすぼらしい服を身にまとっている。


「今の話、聞いたよ。かなり腕が立つんだって?」


 謎に含みのある笑みを浮かべ、品定めをするように透井君を見つめる男性。渋谷の町中で、芸能事務所にスカウトするプロデューサーみたいだ。渋谷行ったことないから、そういうの本当に存在するのか分からないけど。


「このイケメンだけでないぞ! 我々全員が実力のある勇者でござる!」

「おい、あんまり得意気なこと言うなって……」


 卓夫君、イケメンだけが注目されることが気に入らないみたい。間に入って胸を張っている。何なに? この人、本物のスカウトマンか何か? もしかして、クエストの依頼とか?


「そうか、では君達に頼みたいことがあるんだ。付いてきてくれるか?」

「よかろう! 我々の本気を見せてやる!」

「いいわね! 早速クエストが舞い込んできたわ!」

「お、おい! 待て二人共!」


 男性に付いていく私と卓夫君を、透井君は慌てて引き止める。


「何?」

「何じゃないよ! 見るからに怪しいって! それに、知らない人に付いていってはいけないって習っただろ!」


 透井君の口から、まさかそんな先生みたいな台詞が出てくるとは思わなかったよ。でも、言われてみれば確かにそうかもしれない。漫画でもこのキャラクターは見たことがない。つまり知らない人だ。


「おじさん、名前は?」

「バリューだ」

「よろしくね、バリューさん♪ はい、これで知らない人じゃなくなったよ」

「夢さん!」


 私の渾身のボケに呆れる透井君。おじさんの様子からして、私達に何か頼みたいことがあるように見える。「人に優しくしなさい」と、日頃からお母さんに言われてる。「部屋片付けなさい」の次くらいに。


「え~っと、すみません、私達忙しいので……」


 断りづらいなぁ……。確かに怪しくもあるけど、同時に良心が揺らぐ。まぁ、申し訳ないけど、テキトーな理由付けて断ろうかな。直接のクエスト依頼は、イケメンか綺麗な女の人限定ってことで。




「……あっそ」


 ブシュー!


「えっ!?」


 次の瞬間、辺り一面が薄紫色の煙幕に覆われた。








「……!」


 目が覚めると、俺は動物小屋のような場所で横たわっていた。すぐ隣では豚によく似た生き物が鳴いている。床には牧草が撒かれている。鼻が曲がるほどの嫌な臭いが部屋中に漂う。


「ここは……あっ! 夢さんは!?」


 すぐに夢さんの姿を探した。この部屋にはいない。卓夫の姿も見当たらない。無理に首を振り回すと、頭痛が激しくなってめまいがする。体が思うように上手く動かない。疲労を感じているのだ。

 先程のバリューという男、気を失う直前に煙幕のようなものを撒き散らしていたな。あれは催眠ガスの類だろうか。一瞬にして意識を狩り取られてしまった。


 やはり密かに感じていた不審な気配は正しかった。あの男、俺達をどこに連れてきたんだ。


 バンッ!


「!?」

「時間だ。出ろ」


 突然小屋のドアが開かれ、男が俺に出るように促した。バリューではない。恐らくあいつの手下か何かだろう。


「……」


 俺は静かに立ち上がり、ドアへと歩いていく。男は俺の腕を背中に回し、俺を掴みながらどこかへ連れていく。

 抵抗はしようと思えばできるが、如何せん体の調子が悪い。催眠ガスの影響だろうか。今ここで暴れては無駄に体力を消費してしまい、すぐに捕まってしまうのは目に見えている。


「いやぁ、バリューも丁度いい相手を見つけてくれて助かったぜ。しっかりと盛り上げろよ」


 男は不敵な笑みを浮かべながら話し始める。話の内容は理解できないが、恐らくろくでもないことだ。そこら中穴だらけのボロい木製の廊下に、何やら外側から聞こえる微かな歓声。ここは一体どこだろう。眠っている間に、どこまで連れてこられたのか。


「着いた」

「……」


 男が足を止める。連れてこられたのは、外に掘られたプールのような場所。プール……いや、水槽か? マリンブルーの綺麗な水が張られ、下から先程の微かな歓声が聞こえる。何だ、この場所は。


「時間は30分だ。それじゃ、頑張れよ♪」


 バシッ


「うっ!?」


 すると、男は突然俺の背中を蹴り飛ばし、水の中へ落とす。数多の泡が水底から歓迎するように俺の体を包み込む。


 ビュッ

 僅かに何かが泳ぐ音が聞こえた。水中に俺以外の何かがいる。すぐに目を開き、歪む視界の中から正体を探る。


「……!」


 バッ

 咄嗟に体が動いた。槍が俺の僅か数十センチ横を通過し、俺は切り裂かれかけた。回避できたのは奇跡だ。動きにくい水の中でも、よく防衛本能が働いたものだ。


「……」


 早くもそいつの姿を捉えた。まるで半魚人の見た目をしたモンスター。水ヒレがついた手足を生やし、両腕で一本の巨大な斧を抱えた化け物だ。体長3メートルほどの巨体を成しながら、水中を素早く泳ぐ俊敏さを兼ね揃えている。


(アラト……モニア……)


 アラトモニア。巨大な槍を武器にしており、突き刺したり叩いたりして攻撃するモンスターだ。今見た通り、水中を自由に泳ぎ回ることができる。

 俺はこいつを知っている。シュバルツ王国大戦記第6巻で、主人公のアルマスが戦っていた。かなり強いモンスターで、アルマスもだいぶ苦戦していたな。


「……!」


 再び槍の攻撃が迫ってきた。俺は体をひねり、何とかギリギリ回避する。物凄いスピードでこちらに泳ぎ迫り、槍を振ってはまた遠くへ戻っていく。一連の動作がとにかく素早い。

 更に、水中では体が思うように動かないため、攻撃ができず防戦一方となる。攻撃をしようにも、連れ去られた時にバリューに武器を取り上げられたのか、ヤケドシソードが手元に無い。




(ん? あれは!)


 よく目を凝らして見てみると、水槽の側面にうっすらとガラスの反射のようなものが見えた。更に視界がはっきりしてくると、人の影が確認できる。先程の歓声の正体はあいつらか。


(これは……)




「さぁ、駆け出しの勇者VSアラトモニア。モンスター相手にどこまで粘れるか、一戦開始です!」


「いけ! やっちまえ!」

「串刺しにしちまえ!」

「死ね死ね! ぶっ殺せ!」


 水上から微かに聞こえた先程の男の合図、やけに盛り上がっているガラス越しの大衆、そして俺を襲ってくる気性の荒いモンスター。数々の最悪な状況が示す真実は、驚くほど明確だった。




(まさか、見世物小屋か……!)


 バッ

 アラトモニアが再び猛スピードで泳ぎ迫ってきた。


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