第17話「初めての戦闘」



「私なりにジゲン・コジアケールを改良しておいたよ。自分で好きな場所に転移できるようになったから」

「マジですか!? ありがとうございます!」


 ジャージに着替え終えた私達は、ハルさんに頭を下げる。そうか、一言で漫画の世界と言っても、シュバルツ王国大戦記の世界はとてつもなく広い。先日まではどこに飛ばされるかはランダムだったんだ。

 それが今では、自分達で行きたい場所が指定できるようになったらしい。凄いなぁ、ハルさんは。新しく武器を発明してくれただけでなく、発明品をグレードアップさせちゃうなんて。


「それじゃあ、オノボ地方でお願いします。確か今の連載誌で、そこでアルマス達が修行してるって書いてあったので」

「わかったわ」


 全ての許悪の根元であり、ラスボスのイワーノフを倒すため、現在主人公のアルマス達はオノボ地方でモンスターを相手にしながら修行していると、連載の最新話で明らかになった。

 もしかしたら主人公にも会えるかもしれないと期待し、私達はオノボ地方を目的地にした。漫画の世界に行くんだし、どうせなら登場キャラクターを生で見てみたいわよね。


「そこ、確か7巻で凶悪なモンスターが結構いるって説明されてたけど、いきなりそんなとこで大丈夫か?」

「生半可な気持ちじゃ強くなれないわ。私達はお尻を叩かなくちゃ」


 ハルさんがキーボードをカタカタさせて、転移する場所を指定している。詳しい原理はよく分からないけど、その代わり私達がするべきことは、漫画の世界を楽しむことだけで十分だ。腕が鳴るわね。


「三人共、くれぐれも気を付けてね」

「えぇ! 立派な勇者目指して頑張ります!」


 ズゥ……

 形成されたジゲンホールを潜り、私達は飛び込んだ。リトライ、スタートだ!






「おっ、町ではないか」


 卓夫君がおでこに手を当てながら、辺りをぐるっと見渡す。私達は繁華街のど真ん中に降り立った。前回のようにいきなり襲われないために、ハルさんがモンスターの出現しない安全なエリアに飛ばしてくれたのだろう。


「賑やかな町だな」

「でも外に一歩踏み出せば、恐ろしいモンスターがいっぱいの危険なエリアだよ」


 私はヤケドシソードを肩にかけ、歴戦の猛者のように知ったかぶりで語る。漫画を全巻読み込んでいるのだから、一応透井君よりも詳しいつもりだ。果たしてファンとして積み重ねた知識が、実践でどこまで通じることやら……。


「早速行くわよ! 今回の目的は戦闘に慣れることなんだから!」

「おう……」

「お手柔らかに頼むでござるよ……」






 ザッ……ザッ……ザッ……

 私達は静かに森の中を進む。町から外はモンスターを寄せ付けない魔法が働いていないから、ここは既に奴らの巣窟だ。いつどこから攻撃されてもおかしくない。


「本当に大丈夫か……」

「大丈夫! 大丈夫って信じたら大丈夫になるの!」

「精神論でござるか」


 男性陣は情けなく弱腰だ。自信満々なのは女の子の私だけ。ヘタレの卓夫君はともかく、透井君はイケメンなんだからしっかりしてほしい。せっかくのカッコいいユキテル君フェイスが台無しだ。


「それにしても、さっきから敵の気配がないわね」

「逆に怖くなるな……」


 かれこれ20分くらい森を歩いているけど、聞こえるのは私達が雑草を踏み鳴らす音だけ。凶悪なモンスターが出没するという噂が呆気なく感じるくらいの、和かな静けさが私達を待っていた。


「ここら辺には何もいないのかしら?」




「……!」


 ザッ


「うわっ!?」


 すると、突然透井君が私と卓夫君に身を寄せ、しゃがんだ。次の瞬間、巨大な白い影が物凄い速さで上を通過していく。


 グルルル……


「ひぃぃ……危なかったでござるな……」

「な、何だこいつ……」

「出た! サイレントウルフよ!」


 サイレントウルフ。痩せた狼の姿をしたモンスターだ。隠密性に優れていて、一切音を立てずに獲物まで近づくことができる。素早く動くこともでき、強靭な顎で肉を食い千切る厄介な敵だ。


「マジか……どうりで足音が聞こえなかったわけだ」


 透井君はヤケドシソードを構え、戦闘モードに入る。呑気にのそのそと歩いていた私達だけど、既にサイレントウルフに目を付けられ、追尾されていた。しかし、そんな奴らの唐突の攻撃から咄嗟に庇ってくれた透井君もなかなかのものだ。


「ありがとう。借りを返させてもらうわね!」

「気にすんな。敵を倒すことだけ考えろ」


 私もヤケドシソードを構え、サイレントウルフに向ける。草影から更にもう1匹姿を現し、合計2匹。奴らも上級勇者にとっては、序盤の雑魚モンスターに分類される。だけど、今日駆け出したばかりの私達にとってはかなりの強敵だ。


 サッ

 動き出した。サイレントウルフは瞬時に右に方向を変えて走りだし、側面から襲いかかってきた。漫画で何度も見てきた奴らの動きとはまるで違う。漫画は静止画、今は本物だ。


「うっ!」


 私は剣を盾代わりに攻撃を防ぐ。サイレントウルフのナイフのような牙が、ヤケドシソードの刀身とギチギチとせめぎ合う。体も推定1,2メートルとかなり大きい。力で押し込まれそうだ。


「夢さん! 熱伝導を使うんだ! 束のダイヤル!」


 透井君はもう1匹のサイレントウルフの攻撃を回避しながら、自分から仕掛けるタイミングを見計らっている。彼の助言を受け取り、手元のダイヤルに目を落とす。そうだ、これは炎の剣なんだ。火力で一気に攻撃すれば……。


「えっ? あっ、ちょっ……」


 しかし、目線を前からずらしてしまうと、抵抗力が削がれて押し込まれてしまう。ダイヤルを回すのと、攻撃する行為が同時にできない。私はそこまで器用ではないことを、狂う手元が無慈悲に思い知らせてくる。


「うぉぉぉぉぉ!!!」


 ガッ!

 すると、真横から卓夫君がビコビコハンマーを一振りし、サイレントウルフを吹っ飛ばす。野球のボールのように、後方へと巨体の狼が飛んでいく。


「卓夫君、ありがとう!」

「やはりリアルだと迫力が違うでござるなぁ!」


 バッ

 透井君が相手していたサイレントウルフが、ジャンプして木の上に登った。痩せこけた体からは想像もつかない跳躍力だ。スピードも凄まじく、透井君は一瞬見つけるのが遅れた。


 ガァァァ!!!

 そのまま幹から飛び降り、透井君目掛けて襲いかかる。


「くっ……負けるか!」


 ボッ!

 透井君はすぐさま気配を察知し、持っていたヤケドシソードを発火させる。炎で燃え盛る刀身が、辺り一帯を赤く照らす。


 ジャキンッ!

 攻撃の瞬間は瞬きより早くて、確認できなかった。気付いた時には、透井君は空中で体をひねり、サイレントウルフは首から血を吹いて地面に倒れ込んだ。首を切断して絶命させたのだ。


「す、凄い……」


 ヤケドシソードの威力は確かに本物だ。しかし、それ以上に度肝を抜かれたのは、透井の身のこなしだった。熟練の勇者のように剣を振るい、敵の命を絶ち切った。飛び散る火の粉と相まって、物凄く様になっていた。


「夢さん!」

「あっ!」


 卓夫君が吹っ飛ばしたサイレントウルフが、よろけながらも体勢を整えて起き上がった。


「夢さん、落ち着いて! 相手の動きをよく見て! 炎をまとわせた刀なら、首か胴体を簡単に切断できる! そうしたら一瞬で絶命するから!」

「うん!」


 私は剣先をサイレントウルフに向ける。大丈夫、いける。私はダイヤルをキリキリと回し。刀身に炎をまとわせる。まるで祭具のように美しい火を放ちながら、ヤケドシソードは赤く輝く。


 ガァァァ!!!

 サイレントウルフは勢いよく走り出し、私に飛びかかる。攻撃の準備はもうできてる。後は勢いよく剣を振るだけ。この時を待っていた。私がどの瞬間よりも、誰よりも輝く、この時を……。




 私は勇者、浅香夢だ!!!


「はぁぁぁ!!!」


 ザッ!

 私は体勢を低くし、刀を下から上に大胆に振り上げる。炎の剣はサイレントウルフの胴体を両断する。激しい血渋きがメガネにこびりつき、俊敏なハンターは成す術なく絶命した。


「……やった」

「おぉぉぉぉ!!!」

「よくやった」


 サイレントウルフを倒した。2匹はこれ以上動くことなく、血を流して地面に倒れている。初めてモンスターを倒した。漫画のキャラクターのように果敢に立ち向かい、武器を振るい、強敵に打ち勝った。短い勝負だったけど、何とか勝利を掴み取った。


 私は……私達は、勇者になれた。


「やった! やったよ透井君!」

「やったな、夢さん」

「こら! 我も協力したこと、忘れるでない!」


 私は卓夫君を無視し、透井君とハイタッチした。そう、これだよ。私がこの世界に来てやりたかったこと。遥かなる冒険、モンスターとの熾烈な戦い、仲間との友情、そしてその先にある栄光……。全て現実世界では味わえない感動だ。


 このサイレントウルフの死体が、私の冒険の始まり。殺伐とした光景だけど、私は夢のような感動を胸に、元気よくガッツポーズを繰り出した。


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