第3章「変わりゆく関係」

第16話「強敵に備えて」



「夢さん、8巻読んだよ。ユキテルって王子、凄く強いね」

「ほんとに!? でしょでしょ! ユキテル君はシュバルツ王国最強の騎士って呼ばれてるからね! あの爽やかでパワフルな戦闘力に、惚れない人はいないわ♪」


 透井君がユキテル君の魅力に気付き始めた。それだけでただの作業と化していた下校が、明るい散歩道を歩くような幸せな時間になったようで楽しい。いや、透井君が私の話と付き合ってくれているだけで十分嬉しい。


 更に、透井君の姿はまんまユキテル君そのものというおまけ付きだ。


「えへへ……ユキテルきゅん……」

「夢さん、あんまり見つめないでよ……」

「あ、ごめんごめん。全く同じ顔だからつい……」

「俺は透井であって、ユキテルじゃないからね」


 私はまたユキテル君の……じゃなかった。透井君の顔を無意識に眺め、だらしない笑顔を浮かべていたらしい。

 シュバルツ王国大戦記本誌でユキテル君が殺された(とは思いたくないけど、以降出番が全く無いから高確率で多分殺された)事態によって、色と温度を失った私の日常。それが透井君のおかげで全て元通りだ。


「分かってるって。今日もオトギワールドで暴れまくるわよー!」

「またシュバ大の世界に行くの?」


 辛い時は透井君のユキテル君フェイスを眺めれば治っちゃうし、本当に偉大な存在だわ。前世でどんな特を積んだら、ユキテル君の顔をそのまんま写したような美顔が手に入るのだろうか。


 それに加え、私達は新たにオトギワールドという楽しみが増えた。


「もちろん! やられっぱなしで終われないわ。今度はきちんと対策を練って、もう一度挑戦するのよ!」

「夢さんのその自信は一体どこから湧いてくるんだ……」


 透井君は半ば呆れている反応だけど、私は絶対にやり遂げるという自信で無い胸をいっぱいに埋める。これもシュバルツ王国大戦記を愛しているからこその自信。私もユキテル君や主人公のアルマスのように、カッコ良く戦ってみたい。


「夢殿の融通の効かなさは随一であるからな」

「ほんと、お前もいきなり湧いてくるよな……」


 青樹家に到着すると、卓夫君が玄関の前で立って待っていた。私が事前に彼に連絡をしておいたのだ。この間のベネジクトの毒液で、彼の頭髪は全て抜け落ち、禿げ頭が眩しく光っている。

 今日も私達はジゲン・コジアケールを使い、シュバルツ王国大戦記の世界に遊びに行く。死にかけたと言ってもよいほどの危機を味わったというのに、実に楽観的なオタク達だ。自分のことなんだけど(笑)。


『おじゃましま~す』

「いらっしゃい。リビングで待っててね。すぐ準備するから」


 家に上がると、白衣姿のハルさんが張り板に釘を打ちながら迎えた。先日現実世界まで追いかけてきたベネジクトが、家中の壁や床を毒液で穴だらけにした。修繕作業がまだ終了していないようね。


「で、対策って言っても、具体的にどうするんだ?」

「じゃ~ん」


 私は学校鞄から体操ジャージを取り出し、自信満々に掲げる。今日の体育の授業で使用した学校用のジャージだ。女子用ジャージの赤い生地が、鮮やかに織り込まれている。


「……何それ?」

「汚れてもいい服装で行くってことよ。前は制服だったけど、ジャージなら動きやすいでしょ?」

「……それだけ?」

「うん、それだけ」

「それだけかよ!?」


 思わずツッコミを入れずにはいられなかった透井君。楽観的にも程がある私の思考は、彼を呆れさせるには十分だった。いつものようにジョークのつもりで言ったんだけど。


「せめて何か武器を持っていけよ! この間みたいに毒液で溶かされたら、ジャージ着てても同じだろ!」

「ちっちっちっ、何事もまずは形から入れって言うでしょ? というわけでまずは服装から……」

「ジャージじゃ世界観ガン無視だよ!」


 透井君の勢いだけでなく愛のあるツッコミが、私は正直嬉しかった。ようやく彼とも本格的な仲間になれたみたいだ。素直に私の趣味を一緒に楽しんで、ハマってくれている。この調子でどんどん彼を沼らせなくちゃ。


「服装はともかく、俺達に必要なのは武器だよ。丸腰じゃ逃げることしかできないから」




「武器ならあるよ」




「え?」


 突然ハルさんがリビングにやって来た。両手には黒く細長い棒のようなものを抱えている。いや、棒じゃない。あれは……剣だ。


「日本刀……でござるか?」

「この間使った火炎放射器を改良してね、新しい武器を作れないかと思って研究してみたの。ようやく完成したわ」


 ハルさんが鞘を外し、全体像を見せながら説明する。黒い刀身にめり込むように、銀色の細長い発火装置らしき部品が取り付けられている。でも形だけは一般的な日本刀と相違ない。本物の武士が扱ってそうな武器のようで、とてもカッコいい。


「これぞ、火力を武器にして戦える剣。その名も、『ヤケドシソード』!」

「……」

「……」

「……」


 私達の間に訪れる一瞬の沈黙。「ソード(剣)」と「火傷しそう」を合わせて、ヤケドシソードって……。火傷しそうなのに、なぜか寒気を感じる。逆に凍傷しそうなネーミングセンスだ。

 漫画の世界に行けるという奇跡のおかげで気にはしなかったけど、よくよく思い返せば前の「ジゲン・コジアケール」も、なかなかヘンテコな名前だった。ハルさんの感性は独特だなぁ。


「でもこれ、凄いですね」

「火力ってことは、熱くなるの?」

「うん。ただの日本刀じゃ漫画のモンスターには苦戦しそうだから、火力を纏った刀なら攻撃力も増すと思って。束のこの部分で火力が調整できるのよ」


 ハルさんは束に取り付けられたダイヤルのようなものを、カチカチと回す。すると、黒い刀身がみるみるうちに赤く染まる。発火装置が働いて、熱を帯びているんだ。


「凄~い! アイドルのコンサートに使うブレードみたい!」

「何てごさるかその例え……」

「こんなこともできるよ」


 ブオッ

 ハルさんは更にダイヤルを強く回す。すると、刀身から炎が吹き出し、メラメラと燃え盛る。炎が刀にまとわりつくように燃えている。


「熱っ!?」

「あ、ごめん。少し離れててね」

「遅いわ!」


 卓夫君の制服の袖が少し焦げちゃった。近くにいたから、凄まじい炎の勢いで焼かれた。つまり、ただ刀身に熱を帯びさせるだけではなく、炎をまとわせて斬ることができるということだ。


「最大火力で炎をまとわせることもできるの。これなら攻撃力も上がるはずだよ」

「カッコいい! ありがとうございます!」

「でも気を付けてね。熱伝導は長くは持たないから、6時間くらい連続で使用すると使えなくなっちゃうから」


 なるほど、科学力を応用した武器だから、何でも良いとこ取りというわけにもいかないらしい。火力が切れたらただの日本刀だ。気を付けなくちゃ。


「それともう一つ、ビコビコハンマー!」

「ピコピコハンマー?」

「ううん、ビコビコハンマー。かなり強力なハンマーよ。これで叩けば、相手は一溜りもないわ」


 ハルさんが黒く輝く大きなハンマーを持ってきた。日曜大工で使う一般的な釘打ち用のハンマーを、二回り大きくしたような見た目だった。ネーミングセンスもやはり独特だ。


「おぉ、見た目の割にはそんなに重くないでござるな」

「軽量素材を使いつつ、きちんと威力が出るように金属を調合したからね」


 私と透井君がヤケドシソードを、卓夫君がビコビコハンマーを受け取った。凄いなぁ、短期間でこれだけの発明品を作れるなんて。余程の天才なのだろうか。


「本当は香李のために発明した扱いやすい武器なんだけど、あの子、まだ興味ないみたいで……」


 ハルさんがうつ向きながら呟いていると、丁度玄関に続く廊下を進む香李ちゃんの姿が、開いたドアの隙間から見えた。一瞬見えた目付きだけでも、またくだらないものを作ったなという軽蔑の念を肌でビシビシと感じた。


「安心するがよい! 我が彼女を説得し、一緒に遊ぶ仲まで彼女を活発的に成長させてみせるでござる! 香李ちゃんを心から愛するこの我が!!!」

「お前、母親の前でよく堂々と言えるな……」

「あ、ありがとう、卓夫君……(笑)」

「ふんっ!」


 ハンマーを肩にかけ、胸を張る卓夫君。完全に香李ちゃんに惚れちゃったのね。先日から異常なほどの嫌われ様だけど。でも、オタク仲間として密かに応援してやりますか。


 武器も揃い、いよいよ本格的なモンスターとの戦いが近付き、心が燃える。これで私達も立派な「勇者」だ。


「じゃあ、着替えますか~」

「そうだな」


 私は制服のボタンに手をかける。


「あ、透井君、また私の下着見たりしないでよね」

「見ねぇよ!///」


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