第6話「彼との関わり」
「夢さん、昨日『殺したいほどアイシテル ~ なぜかヤンデレ美少女に命を狙われているオレ ~』の1巻読んだよ」
「あっ、透井君!」
登校路の途中で、夢は透井に声をかけられる。まさに校門が見えてくるというタイミングで、まさかの学校外でばったりと彼に遭遇してしまった。夢は奇跡なのではないかと、心の中で神様に感謝した。
「それで、どうだった?」
「夢さんの言った通り、ただの殺伐とした恋愛じゃなかった。男の方にも女の方にも、それぞれ思いというか信条みたいなのがあって、引き込まれた。凄ぇや、この話」
「でしょでしょ!? 分かってもらえて嬉しい!」
夢に感想を伝える透井。つまらないなどという答えが返ってくることはないだろうと踏んでいたが、やはり彼の絶賛は想定内だった。今期の冬にアニメ化が決定しているほど、絶大な人気を誇る作品だからだ。
「じゃあ次は、この間言ってたやつ読ませてくれるか? 夢さんの一番のおすすめってやつ」
「シュバルツ王国大戦記ね! オッケーオッケー♪」
昇降口で共に上靴に履き替えながら、漫画の貸し借りの約束をする二人。もはや夢は同じオタク仲間のノリで話している。今は違えど、いずれ仲間に引き込んでやるという強い熱意の下、漫画を勧めた。
ガラッ
「流石に学校の図書館にはないみたいだから、私が持ってくるしかないわよね。あ、でも学校には漫画は持っていけないし……」
「じゃあ、俺が夢さんの家に行けば解決だな」
「え!? そ、そんな積極的な!」
ふと、夢は席へ向かう足を止め、辺りを見渡す。
「……ん?」
クラスメイトの誰もが、夢に向けて鋭い視線を浴びせていた。それもそのはず。クラスの中心だったイケメン転校生が、今日は朝から冴えないオタク少女の隣を歩いているのだ。彼らにとっては異常な光景だった。
「あっ……」
大好きな作品の話で夢中になっており、すっかり忘れていた。自分のような小者が出しゃばり、透井と仲良くなるという常識から逸脱した行動をとってしまった。こうなってしまうのは当然だ。
「夢さん?」
「えっとぉ、トイレ行ってきま~す」
ひとまずクラスメイトから指摘されることから逃れるべく、自分の席に学校鞄を置き、ゆっくり女子トイレへと向かった。
「あれ? 夢さん?」
放課後のホームルームが終了し、教室内で夢を探す透井。今日は彼女と共に下校する予定だ。しかし、彼女の姿はどこにも見当たらない。彼女の席に学校鞄が掛けられていることから、既に下校したわけではなさそうだ。
「どこ行ったんだ?」
透井は廊下を出て、夢を探しに行った。
「確かにそっくり……というか、ユキテルそのものだったでござるな」
「でしょ~!?」
「んで、一緒に下校するのではなかったか?」
「そ、それは……」
夢は透井との接触を避け、心のオアシスであるコンピュータ室へと向かった。いつものようにネットサーフィンをする卓夫の隣に座り、透井の話題で盛り上がる。
「この頃、おすすめの漫画を貸していると言っておったな。お主らの仲は順調ではないか」
「いやいやいや! 私とユキt……透井君はそんなんじゃないって!」
またもやユキテルと透井が混同してしまう夢。自分の中では透井が漫画に興味を示すため、単純にこちらが作品を勧めているだけに過ぎない。卓夫が想像しているような関係では決してない。
そもそも、彼と必要以上に関わると危険なのだ。
「んで、なぜ避けておられるのだ?」
「だって……女子の目が怖いんだもん」
夢は透井の女子人気を侮っていた。透井は想像以上に女子生徒達の心を掴んでいる。自分のような下層ヒエラルキーに属する陰キャが関係を持つことなど、許されることではない。彼のイメージダウンに繋がってしまう。
「確かに、我々泥水をすすって生きる陰キャ……ましてや夢殿のようなオタクが、人気絶頂の彼と交わることなど……」
「ちょっ、失礼ね!」
夢は卓夫に怒鳴る。しかし、事実であるため、完全に否定することができない。やはりオタクという人種は、一部の者から見れば趣味に没頭しすぎる異常な人間として認定されてしまう。
そんな人種の代表的存在とも呼べる夢が、透井と仲良くしているという事実が広まれば、透井のイメージダウンは免れない。今日一日彼を避けているのは、彼のためでもあるのだ。
「だが、このまま避け続けたら、棚橋殿にも変に思われてしまうぞ」
「むしろその方がいいかもね。私なんかと関わらない方が……」
せっかく二次元作品の魅力を理解しようとしてくれている、理想の友人ができるかもしれない。しかも推しと姿形がそっくりである。視界に収めるだけで目が浄化されていく。
しかし、その友人の女子人気が凄まじいため、陰キャと仲良くしているというイメージを与えたくない。必要以上に関わることで、女子生徒から文句を言われることが怖い。
二つの相反する感情が混在し、夢はどうしようもなく泣き叫ぶ。
「いや、でもそれだとユキテル君に嫌われてるように思えて……でも透井君のためには関わらない方が……ひゃぁぁぁぁぁ!!! どうしたらいいのよぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「好きにすればよいのでは」
夢はコンピュータ室を出て、会談までの廊下を静かに歩く。10メートルもない短い距離が、今の彼女にとってはフルマラソンのコースのように足取りを重くさせる。透井との関わり方を考えれば考えるほど、喉がため息をするように促す。
「ハァ……」
今日だけで、何度目のため息だろうか。
「……夢さん?」
「え?」
ふと、目の前に透井の姿が現れた。突然現れたのではない。彼はずっと階段の隣のトイレの入り口に立っており、夢がそれに気付かなかっただけだ。
「と、透井君!」
「どこにいたの? ずっと待ってたんだよ」
透井は待ち望んだ夢の存在に気が付き、ゆっくりと歩み寄る。一緒に下校する予定の彼女が姿を消したため、ずっと校舎内を探し回っていたようだ。
「待ってたって、女子トイレの前で……?」
「え? うん……」
透井は探す宛が失くなると、まだ残っていたクラスメイトの女子生徒に声をかけた。夢がコンピュータ室に逃げる直前にトイレに行くと言っていたという証言を得て、そこからは近くの女子トイレの入り口でずっと待っていたようだ。
「……」
「な、何?」
友人を待つためとはいえ、長時間堂々と女子トイレの前に立つ男子の様子は、端から見ても異様な光景だ。透井は何の羞恥心も抱かず待っていたようだが、夢は若干寒気を感じてしまった。
いくら推しのユキテルにそっくりでイケメンであるといっても、流石に不審者認定してしまいそうだ。
「ダ、ダメだった……?」
“許す! 断然許す!”
透井のイケメンフェイスにキラキラと光のエフェクトがかかる(ように夢には見えた)。圧倒的な美顔を前にして、夢は透井の不審者じみた行動のことなどどうでもよくなった。
“うへへ……ユキテルきゅん、女子トイレの前で突っ立っててもカッコいい……”
「ちょっ、夢さん! よだれが!」
「はっ!」
夢は慌てて口元を拭う。しかし、鋭い視線を浴びせてくるクラスメイトの女子生徒達がおらず、好きなだけ堪能できる幸せを噛み締めた。やはりユキテルの顔を現実で拝むためにも、透井のそばにいたい。
はしたない姿を見せたことに羞恥心を抱きながら、夢は苦笑いを浮かべる透井を眺めるのだった。
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