第1章「凄い奴」

第4話「イケメン転校生」



 案の定、透井は女子生徒達から絶大な人気を得ていた。更にその人気は教室を飛び越え、他のクラスや学年の女子生徒も姿を一目見ようと、廊下からちらほらと顔を出していた。透井の美貌に虜になり、彼女達は砂糖に群がる蟻のように集まる。


「棚橋君ってさ、どこ出身なの!?」

「その白髪、すごく綺麗ね! もしかしてハーフ?」

「背高~い! カッコいい!」

「どこ住み? てかLINEやってる?」


 イケメン転校生としてやって来た宿命として、数多の質問攻めは避けられない。相手の都合を聞かず次々と尋ねる女子生徒達を前に、透井は困惑していた。


「え、えっと……」


 キーンコーンカーンコーン


「そこまでだー、お喋りはもうやめろー」


 授業開始のチャイムに救われ、透井は質問攻めから解放される。先生の指示で自分の席へと戻っていく女子生徒達を眺め、彼はため息をつく。呆れているのだろうか。夢の目には、自分の詳細を語ることを避けたがっているようにも見えた。


「うへへ……ユキテルきゅん……カッコいい……」


 しかし、僅かな疑問も一瞬にしてかき消され、夢は自分の推しにそっくりな透井の美貌を眺め続けた。他の女子生徒達と共に話しかけるようなことは、当然しない。彼女のような異質なオタクは、この世界では孤立する運命にあるのだ。


「……」


 流石に眺めすぎたか、透井本人も夢の視線に勘付いていた。しかし、やたらと顔を近付けて話しかけてこない辺り、安心できると考えたのか、彼女の視線だけには不思議と鬱陶しさを感じなかった。






「透井く~ん! よかったら放課後どこか遊びに行かない?」

「プリ行こうよ! プリ!」

「いやいや、ここは無難にカラオケでしょ!」

「何言ってるの! 親睦を深めるなら麻雀よ!」


 全ての授業が過ぎ、放課後のホームルームも終了した。早くも下校時刻となり、女子生徒は磁力で引かれるように、透井の席へと集まっていく。


「ごめん。今日は家の手伝いをしないといけないんだ。また今度ね」


 透井は苦笑いを浮かべながら、丁重に断った。ここまで積極的に誘われると、誘いを一つ断るだけでもかなりの罪悪感だ。できる限り失望させないよう、彼は明るい口調で手を合わせた。


「そっかぁ……ううん、全然大丈夫!」

「家の手伝いなんて、棚橋君優しい~!」

「楽しみは後に取っておいた方がいいもんね! 待ってる!」

「私達の心はいつでも空いてるわ!」


 当然女子生徒達は受け入れた。透井の圧倒的なイケメンフェイスの前では、何を言われようと心を撃ち抜かれてしまう。


「じゃあ、また明日ね」

『ばいば~い♪』


 学校鞄を抱えて教室を出る透井の背中を、女子生徒達は見えなくなるまで眺める。最後まで彼女達の視線を一人占めしたイケメン転校生。悪く言えば、彼の独壇場だ。


「クソッ、棚橋の野郎……転校生ってだけでチヤホヤされてよぉ……(嫉妬)」

「なんで俺じゃなくてあいつなんだ……許せん……(憎悪)」

「顔か? やっぱり顔なのか!?(疑問)」

「あぁ、顔だな(確信)」


 教室の隅で、男子生徒達の感情がぐるぐると渦巻く。顔立ちがいいという条件一つで、簡単に女子生徒達に好かれてしまう。当然イケメンという要素だけで好かれているわけではないが、それが目立ちすぎて苛立ちが抑えられない。

 彼らの目には、群がる女子生徒達がまるでマタタビで従順になる猫のようにも見えた。彼女達も、中心で爽やかな笑顔を浮かべる透井も、実に気に入らない。




“そうよそうよ! ユキテル君は、あんた達みたいな軽い女が相手にしていいような、安っぽい存在じゃないのよ!”


 夢は同じく教室の隅から、透井の美貌に浮かれる女子生徒達を睨み付ける。彼女の場合は、自分の推し(にそっくりな男の子)を独占されていることから起きている嫉妬だが、底知れぬ怒りが沸き起こっているのは事実だ。


 しかし、自分がしゃしゃり出たところで、小者のオタク女がムキになっていると馬鹿にされるだけてある。そもそも、彼女達に歯向かう勇気すら湧かない。


 よって、普段から気持ち悪いオタク発言や態度が出ないよう、“普通”の女の子として振る舞う。もしくは、オタクであることを割りきり、お得意の死んだふりで浴びせられる侮辱から身を守ることを心がけている。既にオタクであることが発覚している以上、無駄な努力ではあるが。


「ハァ……」


 夢も鞄片付けを終え、静かに席を立つ。せっかく現実にユキテルが爆誕したというのに、女子生徒達によって束の間の奇跡に塗り替えられてしまった。やるせない気持ちを抱えながら、彼女は教室を出ていった。






「ほほう、そんなにユキテルにそっくりであったと?」

「そっくりなんてもんじゃないわ! 瓜二万個よ! いや、今はもう瓜二億個と言いたいくらいね!」

「その例え、しっくりこないでござる……」


 コンピュータ室のパソコンで、プログラミングソフトをいじる一人の男子生徒。彼の傍らで、夢は透井について語る。


「まだ瓜二万個の方がマシでござるな。二万個……マ○コ……ぐふふ……」

卓夫たくお君……キモい……」

「夢殿に言われたくないでござる」


 ワカメのようなモサモサとした髪を揺らしながら、堂々と下ネタをかます男子生徒。彼の名前は久保田卓夫くぼた たくお。夢と心を通わせることができる数少ないオタク仲間の一人である。

 彼は夢の隣のクラスの生徒であり、同じくオタクというレッテルでクラスメイトから蔑まれている。放課後に二人で大好きなアニメや漫画のことについて語り合う。理不尽な現実が嫌になった時に、安心できる避難場所だ。


「変な喋り方ばっかしてると、また女の人に嫌われるよ。あの時のALTの先生だって……」

「ちょ、おまっ……その話は二度とするなって言っただろ! あっ……そ、その話は口に出さぬと誓ったではないか!」


 夢に指摘され、一瞬普通の口調になった卓夫。しかし、すぐに違和感のある口調に戻してしまう。

 彼はオタクの趣味を周りから馬鹿にされているにも関わらず、気持ち悪い態度や口調を無理に演じている素振りがある。特に口調に関しては、常日頃から忍者や武士を思わせる語尾や言葉遣いを意識している。


「相手が外国人だからって、無理に口調をそれっぽくしなくてもいいのに」

「か、過去の黒歴史を掘り起こすでない! それより、棚橋殿の話であったろう!?」


 自身の黒歴史が明るみに出るのを防ぐべく、卓夫は無理やり話題を最初に戻した。動揺で彼の丸メガネもカタカタと揺れている。


「あ、そうだった。そんでね、ユキテル君と同じ顔なもんだから、棚橋君ちょ~イケメンでね~♪」

「それは先程何度も聞いたでござる。夢殿こそ浮かれておるではないか」

「私は違うの! あの面食いメスガキ共とは違って、ユキテル君の価値を十分に理解してんだから!」


 夢はシュバルツ王国大戦記を愛読しており、透井とユキテルの驚愕の類以度に気付いている。しかし、他の女子生徒達はユキテルの存在を知らない。彼女達はシュバルツ王国大戦記すら読んでいないため、透井のことをただのイケメン転校生として見ている。


 その微妙な差異というか、認識の違いが、夢にはどうももどかしい。


「仕方ないでござるよ。我々オタクと、青春を謳歌するリア充共は、住む世界が違うのだ」

「だとすると、ユキテル君を腐りきったリアルな世界から、早く救い出さないといけないわね」

「なぜそうなる……」


 ユキテルが絡むと、思考が面白いほどに狂う夢。それほどまでにユキテルというキャラクターを、世界の誰よりも深く理解しているつもりのようだ。オタクであることに軽く劣等感のようなものを抱きつつも、推しの愛する気持ちだけは胸を張ることができる。


「そんなに好きなら、お近付きになればよいではないか」

「そんな! 私みたいな小娘、ユキテル君には畏れ多い……ていうか、そもそも相手はユキテル君じゃなくて、棚橋君だし!」

「今更?」


 相手はユキテルと全く同じ姿の男の子。しかし、姿が同じというだけの別人。そんな事実が間に挟まりながらも、夢の体から推しに抱く愛情が溢れ出てしまっている。


 だが、内心透井と仲良くなりたいという思いがあるのも事実だ。


「どうすればいいのよ……もう……」


 クラスメイトの女子生徒達を馬鹿にしておきながら、結局自分もイケメン転校生に振り回される夢だった。


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