第10話「まさかのお誘い」
「楓! もし危ない目に遭ったら110番よ! 私の携帯でもいいからね!」
「え? えぇ……?」
「また須未の妄想が変な方向に……」
お昼ご飯を終えて教室に戻った途端、須未ちゃんが私の両手を掴んで訴えてきた。そして、私の横を何食わぬ顔で通り過ぎ、自分の席に戻る明石君のことも、横目でチラチラと睨み付けている。
「男って怖いんだからね! 何かあってからじゃ遅いんだから!」
「落ち着きなさい」
ぐっと顔を近付けて叫ぶ須未ちゃん。桃果ちゃんは横から彼女の頭を押さえつける。須未ちゃんは私と明石君が何かしら話した後、私をやけに過度に心配してくる。何がそんなに心配なんだろう……。
「ねぇ楓、前も明石君に呼び出されてたけど、彼とどういう関係?」
軽く情緒不安定になっている須未ちゃんの代わりに、桃果ちゃんが尋ねる。
「どういう関係って……お友達だよ」
「あんた達、いつの間に仲良くなったの?」
「え? えっと……」
次の質問に私は回答を渋る。明石君と知り合った経緯を明かすと、必ず遊園地のことを話さなければいけなくなる。そうしたら、彼が遊園地でアルバイトをしていることが知られてしまうかもしれない。
まだ自分が遊園地でアルバイトをしていることは秘密にしてほしいと、私は彼に念を押されている。
「ちょっ、ちょっとね……」
「はぁ……」
「楓! 彼に何か変なことされたら、絶対に私に言ってよ! 私達、親友でしょ!? 必ず助けるから!!!」
桃果ちゃんの手を押し退けて這い上がってきた須未ちゃん。私が驚くと、桃果ちゃんに再び秒で再び押さえつけられてしまった。変なことなんてするわけないよ。明石君は優しいもん。
とにかく、これからも何とかごまかして、彼の秘密は厳重に守らなきゃ。
キーンコーントウモロコシコーン
放課後のホームルームが終わり、生徒達は下校の準備を始める。いつものように秒速で鞄片付けを終わらせた明石君は、足早に教室を去ろうとする。
「明石君、今日も頑張ってね!」
「あぁ」
彼は今日もまた放課後に遊園地のアルバイトに向かう。『頑張れ』とは言うけど、『バイト』とは言わない。言ったらクラスメイトに彼の秘密がバレてしまう。
明石君は私の応援を背に、たくましく歩いていく。毎日せっせと働いて、本当に偉いなぁ。頑張り屋さんなところ、私も見習わなくちゃ。
「……」
いつも彼を『陰キャ』だの『ぼっち』だの罵っていた男子生徒達も、私と明石君の仲良さげな様子に気が付き、何も言葉が出てこないみたいだ。いつぞやの趣味の悪い賭け事も、今となっては全然盛り上がらない。
これからも彼はちゃんと人付き合いができるいい人だと、私が頑張って証明していきたい。
「楓~、クレープ奢って~」
「『一緒に帰ろう』をそんなふうに言うな!」
「うん。須未ちゃん、合鍵貸してくれてありがとね」
私は放課後に須未ちゃんにクレープを奢る予定となっている。屋上の合鍵を貸してもらったお礼だ。明石君のことをあれこれ言ってたのに、結局貸してくれた。やっぱり須未ちゃんはとっても優しくていい人だ。みんないい人。大好き。
「……」
俺の脳裏に瞬くのは、彼女の姿だ。本山楓……俺に唯一話しかけてきて、しつこいくらいに気にかけてくれるクラスメイト。彼女が屈託ない笑顔で話しているのを見ると、やはり体中がむず痒くなる。
俺のような変わり者に臆することなく関わり、バイトのことも応援してくれている。人と話すこと自体久しぶりだから、どういう感覚で接したらいいのか分からない。
でも確実に言えるのは、彼女に気にかけてもらえるのは嬉しいということだ。なぜ彼女を受け入れたのか分からない。なぜバイトのことや、死んだ親のことを正直に話せたのかも謎だ。
「何なんだ……」
本当によく分からない。俺なんかにあんなに優しくしてくれるなんて、彼女は一体何者なんだ。
キーンコーンカーントウモロコシー
時は瞬く間に過ぎて、早くも翌日の昼休み。ここまで時を進めるということは、作者さんは昼休みでの展開しか考えていないということだ。
「須未ちゃん」
「うぅぅ……はい」
須未ちゃんはあからさまに嫌な顔をしながらも、私に屋上の合鍵を渡してくれた。私はそれを受け取って、とびっきりの笑顔でお礼を言う。今日も私は明石君と屋上でお昼ご飯を食べる約束をしているのだ。
「本当にありがとね」
「変なことされそうになったら、すぐ逃げてきてよね!」
「須未、いい加減そういうのやめなさい……」
昨日に続いて二人だけでお昼ご飯を食べさせるのは申し訳ない。でも、自分でも分からないほどに私の心は明石君と一緒にお昼ご飯を食べたがっている。須未ちゃん、桃果ちゃん、本当にごめんね……。
「行ってらっしゃい」
「うん!」
桃果ちゃんに手を振ってもらい、私は明石君が待ってる屋上へと向かった。
「それじゃあ、クルーの知り合いは結構いるんだ」
「あぁ、俺が唯一まともに話せる人達だったんだ」
昼休みを利用して、私は明石君からバイトや遊園地のことについて色々聞かせてもらった。流石バイトしてるだけあって、遊園地のことに非常に詳しい。お客さんだったら絶対に知ることができないようなことも教えてくれた。
「まぁ、俺は人と関わるのが苦手だから、清掃員くらいしか役に立てねぇけどな。あの人達みたいにアトラクションやショーの案内とかできねぇし」
「それだけでも十分凄いよ。やっぱり明石君はがんばり屋さんだね。私、尊敬するよ」
「うっ……」
明石君が眉をひそめる。また体中がむず痒くなったようだ。やっぱり普段から褒められ慣れてないんだなぁ。明石君は本当に偉い人だから、もっと褒められてもいいくらいなのに。
「でも、清掃員は所詮汚れ仕事だ。ゲストが落としていくゴミを拾ってると、他人の失敗を尻拭いしてるみたいで、自分が惨めに思えるんだよな。他の仕事と比べたら、名誉なんてもんがあるように思えねぇ」
「そうかな。どんな仕事も大切だけど、そういう人に見えないところで頑張るのって、とっても素敵なことだよ。影で凄く頑張ってるけど、それをひけらかさない明石君は、本当にカッコいいと思うなぁ」
「ぐっ……」
あ、またやっちゃった。明石君があまりにも自分を卑下しようとするから、それを押さえ込もうとしちゃった。
これも癖なのかな。素晴らしいことを前にすると、相手の気持ちも図らないでついつい褒めちぎっちゃう。これ以上褒めたら、逆に明石君に失礼かも。控えなくちゃ。
「……本山」
「なぁに?」
すると、明石君がゆっくりと口を開いた。
「その……お礼……させてくれないか?」
「……楓、もう一回言って」
「えっとね、明石君と遊園地に行くことになった」
私は教室に戻り、須未ちゃんと桃果ちゃんに明石君との会話の報告?をした。昼食を終えた後、明石君は私に一緒に遊園地に行かないかと誘ってくれた。優しくしてくれたお礼に、色々案内させてほしいとか何とか。
須未ちゃんはそのことが信じられないみたいで、何度も私に同じことを言わせてくる。
「楓、もう一回言って」
「明石君と遊園地に行くことになった」
「……楓、もう一回言って」
「明石君と遊園地に行くことになった」
「もう一回言って」
「明石君と……」
「もういいって!!!」
桃果ちゃんが私達の暴走する巻き戻しボタンを無理やり破壊した。
「楓、明石君と二人きりだよ? 遊園地だよ? 分かってるの?」
「う、うん……」
須未ちゃんの問いかけに、私は素直に答える。私は彼のお誘いに喜んで乗った。一緒に遊園地だよ。絶対に楽しいじゃん。須未ちゃんは何が信じられないんだろう。
「あの明石君だよ!? 一体何を企んでるか分からないじゃない! 人懐っこい楓の性格に漬け込んで、よからぬことをしようとしてるんじゃ……」
「須未、あんたねぇ……」
桃果ちゃんも相変わらずの呆れ顔だ。でも、そんな彼女も明石君からの遊園地のお誘いという事実に、少々動揺している様子だ。
「でもまぁ、明石君にしては大胆なお誘いね。カフェとか映画とかじゃなくて、まさかの遊園地って。初めてのお出かけにしては行き先が飛躍し過ぎじゃ……」
「き、きっと遊園地が好きなんだよ!」
私はテキトーなことを言ってごまかす。遊園地の話題から明石君のバイトに繋がらないようにするために、必死に桃果ちゃんの思考を別の方向に誘導する。
まぁ、確かに二人の言うことも分かる。今まで人との関わりを避けてきた明石君が、仲良くなってすぐに私を遊園地に誘うなんて。改めて考えてみたら意外かも。
でも、緊張しながらも勇気を出して誘ってくれたことには間違いない。
「とにかく、私は行くよ。もう明石君は立派な友達だから。友達と一緒にどこかに遊びに行くのは、別におかしいことじゃないでしょ? せっかくのお誘いなのに、断るのはよくないよ」
「楓がそう言うならいいんだけどさ……」
いつもは須未ちゃんの過保護な態度に呆れる桃果ちゃんだけど、今回ばかりは彼女も心配そうに私を見つめてくる。
「男と二人きりで遊園地って……それ、もうデートじゃない?」
「デート……」
胸の奥がきゅっとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます