第11話「今度は一緒に」



「年間パス……アイラVIP……これだ」


 私はパジャマ姿でベッドに寝転び、ドリームアイランドパークのwebサイトを開く。そこからwebチケット販売ページに飛ぶ。今時の遊園地はネットでチケットを買うことができるなんて、便利な世の中だ。

 最初は前にも買ったことのある『ワンデイ・パークインチケット』を考えていたけど、明石君は『年間パス』の購入を提案してきた。


 年間パスとは、一年間いつでも何度でも遊園地の入退場ができるという夢のようなチケットだ。通常の入場用チケットよりは高価だけど、何度も通うなら毎度毎度入場用チケットを買うよりお得だと言っていた。


「本山楓……高校生……」


 私はネットの購入ページに氏名や職業、生年月日などの必要な情報を入力する。そして年間パスの中でも更にお得なのが、この『年間パス アイラ VIP』というものだ。他の年間パスにはない特典が付いてくるらしい。


 どんな特典かを明石君に聞こうとしたら、須未ちゃんが抱き付いてきて話が中断してしまって聞けなかった。明石君ばっかり構ってちゃダメだ~って泣いてたっけ。可愛かったなぁ。




 ピロンッ

 あ、明石君からメッセージだ。


『年間パス買えたか?』

『うん!』


 遊園地に誘ってもらった時、ちゃっかりLINEも交換しておいた。案の定明石君はクラスメイトとLINEを交換するのは初めてで、クラスのLINEグループにも入れてもらえてなかった。ここまで来ると可哀想だ。


『今更なんだが、金はあるのか?』

『念のため会場支払いにしたよ。これから家のお手伝い頑張る!✨』


 年間パスは2万円近くかかる。一枚買うだけで所持金に余裕がなくなる。私は明石君みたいにアルバイトをしていないため、収入源は家事のお手伝いをしてパパからもらうお小遣いしかない。

 一応念のためネットで年間パスを買っておくけど、お小遣いをもらえるのは月に一度だ。それまで家事のお手伝いを頑張って、お小遣いをもらってから遊園地に行き、その場で代金を支払うことにした。


『だから来月まで待たないと。ごめんね……』

『いいよ。行ける日が分かったら教えてくれ。俺も日曜ならバイトないから行ける』

『了解!』


 メッセージを送った後、ふわぁと大きなあくびが出てきた。今日はここまでにしようかな。


『じゃあ』

『うん! おやすみ💤』


 最後のメッセージを送って、私はスマフォの電源を切る。結構遅くまでスマフォ触っちゃったなぁ。でも、こうして明石君と離れていてもやり取りができるなんて、何だかとっても楽しいや。

 そして、明石君と遊園地に行ける日も楽しみ。まさか彼と一緒に行けるなんて、友達になる前は想像もできなかった。




“男と二人きりで遊園地って……それ、もうデートじゃない?”


「デート……」


 学校での桃果ちゃんの発言を思い出した。そうだ、今までは須未ちゃんや桃果ちゃんみたいな女の子同士でのお出かけは日常茶飯事だから、大して深く意識しなかった。


 でも今回の相手は明石君で、男の子だ。同い年の男の子と一緒にどこかに行くなんて、小学生や中学生の頃の修学旅行くらいしか経験がない。二人きりという条件が加われば、間違いなく今回が生まれて初めてだ。




 サッ サッ

 気が付くと、私はクローゼットを開けて、服を何着か引っ張り出してベッドの上に並べていた。そして良さげな服を一着手にとって、自分の体に当てて姿見を眺める。


「うーん……」


 他の服に取り替え、再び姿見で自分の姿を見つめる。可愛い服はいくつかあるけど、姿見の前で見てみるとなぜかしっくりこない。おかしいな……服選びなんていつも苦労しないのに。

 そもそも、明石君と遊園地に行くのはまだ大分先の話だ。今から服選びをする必要なんてないのに、どうして悩んでるんだろう。


「……」


 明石君はどんな服を着てる子が好きなんだろう。一緒にお出かけすること自体が初めてだから、男の子の服の好みなんかもよく分からない。私の持ってる服は、気に入ってくれるのかな。

 せっかく行くなら、可愛いって思われたい。おしゃれにはなるべく気を遣いたいよね。でも、やっぱり分からない。この際何がいいか、明石君に直接聞いてみようかな。


 あ、あれ? なんで私、明石君のこと意識してるんだろ……///


「……!」


 服を全部片付けて、私は布団を被った。何やってるんだろう、私。変な感じ。明石君のことを考えると、心がふわふわする。おかしくなってきちゃった。早く寝よう。




 ダメだ。眠れない……。








「……」


 俺はスマフォで公式サイトを見たり、ガイドブックを読み漁ったりして、ドリームアイランドパークについて改めて調べる。パークの魅力を存分に伝えるために、俺が今まで以上に理解しておく必要がある。


 お得なチケットの選択はもちろん、効率のいいアトラクションやショーの回り方、レストランやフードカートのメニュー、各エリアの島の世界観の詳細など、思い付く限りのことを頭に叩き込む。


「最初はこの島で、次はここか……」


 本山は俺のような奴と友達になってくれて、応援すると言ってくれた。これくらい力を入れて当然だ。当日は遊園地で働く者として、恥ずかしい姿を見せられない。空で言えるくらいには詳しくなっておきたいな。


 俺は彼女が笑顔で遊園地をはしゃぎ回る様を想像する。眩しすぎるくらいに明るい女だ。きっと俺なんかと一緒でも楽しんでくれるだろう。




「……」


 ガイドブックをめくる手が止まる。ふと冷静になって状況を考えてみた。仲の良いクラスメイトと二人きりで遊園地に遊びに行く。しかも相手は女子である。


 そう、女子と二人きりなのだ。


「……///」


 なぜか蛇口をひねる力で絞られたような小さい痛みが、俺の胸を突如として襲う。同い年の友人と二人きりで遠出するという経験すら初めてなのに、まさかの相手がクラスメイトの女子だ。

 自分が誘っておいて不安になるのも何だが、どうして気が付かなかったのか。同性である男子ならまだしも、女子だ。身体の造りも思考も価値観も、何もかもが違う生物なのだ。


 そんな相手と遊園地で二人きり。果たして上手くいくだろうか。


「女……女ってどう接すればいいんだ?」


 既に何度か話をしているにも関わらず、俺は本山との接し方について考えあぐねる。学校では問題なく過ごすことができたが、今回の舞台は遊園地だ。朝から晩まで、出発してから家に帰るまで、ずっと隣にいる。


 やべぇ、どうすりゃいいんだ……。


「本山って何が好きなんだ? 何か話の話題を……いや、遊園地のことを話せばいいか? でも、ずっと話し続けられる自信ねぇぞ……。あ、服装も考えねぇと。ダセェ格好なんか見せらんねぇし。他に何か気を付けることは……あぁもう!」


 当日の彼女との接し方を考え始めると止まらない。俺は夜が更けていくにも関わらず、あぁでもないこうでもないと、ベッドに寝転がって頭を抱え続けた。


 畜生……眠れねぇ……。




   * * * * * * *




 6月5日、日曜日、午前9時20分。約束の日はあっという間に訪れた。裕光と楓はお互いの最寄駅である七海駅の駅前広場で、時間を決めて待ち合わせをした。


「明石君、おまたせ!」

「おう」


 男としての威厳を見せようとしたのか、先に到着していたのは裕光だった。到着した直後に、楓もやって来た。いつもの学校制服ではなく私服を身に纏っている。お互いの心が新鮮味に包まれる。


「晴れてよかったね♪」

「……だな」


 裕光はやや反応が遅れる。楓の私服に目を奪われていたからだ。

 彼女はクリーム色のファーコートに、膝より少し上程の丈の白いワンピースを着ていた。女らしいと言えば女らしいキュートなコーデだった。生足が春の暖かい日差しを反射し、きらびやかに輝いている。色気も十分だ。


「明石君? どうしたの?」

「な、何でもない!///」

「なんか、顔赤くなってたような……」

「なってない! それより、スカート履いてきたのか?」


 楓に気付かれてしまった。裕光もしっかり男であり、楓の可愛らしい服装に興味津々だ。思わず見惚れてしまった。ごまかすために、裕光は彼女の足元を指差す。彼女のワンピースのスカートがふわりと揺れる。


「うん! どう……かな?///」

「まぁ、その……似合ってるが……」

「が?」

「今日めっちゃ動き回るぞ。スカートだと動きにくいだろ」


 楓は感想を求めながら、頬を赤く染める。しかし、裕光の指摘を受けて元に戻ってしまう。確かに、遊園地では長時間立ったり歩いたりするのは必然だ。そのため、ひらひらとするカートよりパンツを選んだ方が動きやすい。

 楓は可愛らしさを意識して履いてきたが、遊園地を楽しむという目線で見るといまいちの評価のようだ。しかも丈が少々短いため、余計に向いていない。


「あっ、そっか……ごめん……」

「あ、いや……」


 しょんぼりする楓を前に、裕光は余計な口を叩いてしまったことを嘆く。彼女も女性だ。行き先が遊園地とはいえ、少しくらいおしゃれを意識したいだろう。

 遊園地を存分に楽しんでほしいと思うあまり、無神経なダメ出しをしてしまった。まだ目的地に着いてもいないというのに、気まずい空気だ。


「す、すまん!」

「ううん、大丈夫。ほんとにごめんね」

「とにかく、行くか」

「うん!」


 楓はすぐに笑顔に戻るが、無理して明るく振る舞っていることだろう。裕光は罪悪感が残りつつも、彼女と共に七海駅の改札口へと向かう。二人は電車に乗り、ドリームアイランドパークを目指す。


 愉快なお出かけ……もといデートの始まりだ。


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