第2章「遊園地デート」

第9話「彼の秘密」



「それでね、LOVECA先生の新作発表まであと4ヵ月なのよ~!」

「まだだいぶあるじゃない……」

「今からでも楽しみなの!!!」

「大好きなものって凄く楽しみだよね」


 楓はいつものように須未、桃果と共に登校し、上履きに履き替えて教室へ向かう。須未が唐突に話題を振り、桃果がつっこみ、楓が共感……というか擁護する。三人の日常的なやり取りだ。本日も平穏な学校生活が始まる。


「あっ、明石君だ!」

「え、ちょっ、楓?」


 廊下を進む楓達の前方に、裕光の青髪が見える。相変わらずの高身長を誇り、後ろ姿でも他者を寄せ付けないオーラを放っている。そんな近寄りがたい雰囲気を切り裂いていくように、楓は堂々と彼に駆け寄っていく。


「楓が……明石君と……」

「なんか楽しそうね」


 須未が大きく目を見開き、強面の裕光に臆することなく話しかける楓を眺める。普段は冷静な桃果も、心配そうに見つめる。裕光が先生以外の誰かと会話するのを初めて見た。その相手が我らが親友の楓ということに驚きだ。


 30秒程度話した後、楓は何食わぬ顔で二人の元へ戻ってきた。


「楓!? 明石君に変なことされなかった!? 今度は裸の写真撮られて弱味を握られたとか……」

「だからあんたはなんで最初にそれなのよ! 早くもこのツッコミ飽きてきたんだけど」

「そ、そんなことされてないよ……(笑)」


 須未は楓の肩を掴んで勢いよく揺さぶる。対して楓は苦笑いを返す。裕光がクラスメイトと関わっているという好奇な光景を見かけると、どうしても裏に何か企みがあるのではと考えてしまう。


「じゃあ何話したの?」

「えっとね、今日のお昼ご飯二人で一緒に食べよって約束したよ」






「……え?」






 キーンコーンカーンコーン

 4限目の授業が終了し、生徒は各々昼食の時間へと移行する。弁当を持参した者は、教室で仲の良い友人と机を合わせる。弁当を持ってきていない者は、財布を片手に購買や食堂へと向かう。


「明石君、行こ♪」

「お、おう……」


 楓は裕光の前で弁当の入ったランチバックを見せる。裕光は登校途中のコンビニで購入しておいた焼きそばパンを手に、楓と共に教室を出ていく。


「え、お、おい……」

「は? あ、明石……え?」

「嘘だろ!? 本山ちゃん……」


 二人きりで廊下へと出ていく様子に、クラスメイトは驚愕する。裕光がクラスメイトと会話をしており、昼食まで共に楽しもうとしている。しかも、そんな彼を気にかけている相手が、まさかの楓である。


 衝撃的な事実が積み木のように重なり、昼食を忘れて呆然と佇む。自身の視力や脳が異常を起こしているのではないかと錯覚する者も現れる。


「か、楓ぇ……」

「あんたは楓のお母さんか」


 楓の遠ざかる背中を眺め、涙を流す須未。まるで旅に出る我が子を見送る母親のようだった。裕光は気にしていたようだが、楓は驚くクラスメイトに気付かず呑気に絵顔を浮かべていたという。




  * * * * * * *




 私は明石君と一緒に屋上に向かった。今朝、廊下で彼を見かけた時、勇気を出して一緒にお昼ご飯を食べようと誘ってみた。明石君は目立つのは嫌だから、誰の目にもつかない屋上でなら一緒に食べてもいいと言ってくれた。


「今更なんだが、屋上は鍵が掛かってるんじゃなかったか?」

「大丈夫。須未ちゃんから合鍵借りたんだ」

「須未……新川須未か」


 私は鍵を差し込み、回して扉を開ける。明石君、須未ちゃんのこと知ってるんだ。話すのは苦手だけど、顔と名前を覚えるのは得意らしい。

 でも、いきなり呼び捨てって……。それくらいの距離感なら、すぐに人と仲良くなれそうだけど……。


「ていうか、合鍵って……素人が作れるようなもんじゃねぇだろ」


 明石君が私の手に握られた合鍵を見て呟く。この学校では正当な理由がない限り、屋上の鍵の貸し出しは認められない。そもそもあんまり利用することがないから、普段は静かに施錠されている。


「うん。須未ちゃんは実家が工場でね、親に作り方教えてもらったんだって。私達、この間先生に屋上の掃除を頼まれたんだけど、その時に鍵の型を取ってたんだ」

「何やってんだよ……」


 よかった、明石君は常識人みたい。私や桃果ちゃんはその時やめなよって言ったけど、アニメの世界のキャラクター達みたいに屋上を楽しみたいって、須未ちゃんは聞かなかった。

 まぁ、彼女のおかげでこうして自由に屋上が使えるようになったし、そこら辺は感謝しなきゃ。でも、読者のみんなは真似しないようにね。


「ふぅ……風が気持ちいいね♪」

「あぁ」


 心地よい春風が私達の髪を揺らす。屋上は背の高いフェンスに囲まれており、窓も壁もない。風を全身で感じることができる。昼食も進みそうだ。

 私は正座し、明石君はあぐらをかいて座る。そういうところは男の子らしいなぁと、なぜか安心してしまう。


 そういえば、私も男の子と二人きりでご飯を食べるのは初めてかもしれない……。




「そういえば、まだ話してなかったな。俺が遊園地でアルバイトしてる理由」

「教えてくれるの?」

「いい加減そろそろ話さないと、お前がしつこく聞いてきそうだからな」

「あはは……(笑)」


 同い年の男の子と二人きり。ドキドキしちゃうような状況だけど、彼の落ち着いた口調が緊張を解いた。私は苦笑いを返す。ずっと私が知りたいと思っていた真剣なお話が、ようやく彼の口から語られる。





「……俺、親いないんだ。3年前に遊園地の事故で死んだ」

「え?」


 開口一番に放たれた台詞に、私は頭を殴られたような衝撃を感じた。数秒前に見せた私をからかうような態度と、そこから続けて打ち明けた事実があまりにも落差があって、私は呆然としてしまった。


「身寄りのない俺を、当時からドリームアイランドパークで働いてた曽夜香さんが引き取ってくれたんだ」


 曽夜香さんは先日遊園地で会った明石君の先輩のクルーだ。親を亡くした明石君は、彼女の家で二人で暮らしているらしい。

 落ち着いた口調とは裏腹に話が衝撃的過ぎて、卵焼きを挟んだ私の箸は動かなくなる。まだ一口もお弁当を食べていないけど、もう私の喉は何も通らなくなった。


「んで、ずっと世話になりっぱなしなのも申し訳ないから、曽夜香さんにバイトを紹介してもらって、遊園地で働くことになった」


 明石君が過去を語る様は、見ていても聞いていても非常に心苦しかった。明石君は皮肉にも、お父さんとお母さんの命を奪った遊園地でアルバイトをすることになってしまったのだ。


「話しちまえばそんだけのことなんだがな。でも、当時は親が死んだことをずっと引きずってて、そしたら誰かと仲良くする気力なんか無くなっちまって、気が付けばこの様だ」

「そうだったんだ……」

「まぁ、普通に親と暮らしている奴らが妬ましかったってのも、意地張って人と関わろうとしなかった理由なんだけどな」


 明石君が人との関わりを避けるようになったのにも、そんな背景があったんだ。辛いだろうに、彼は淡々と秘密を語ってくれた。親が死んでしまう。その絶望は想像するに足りないだろう。


 だって私も……いや、私のことはいい。今は明石君の話だ。


「それに、遊園地なんて華やかな場所と、俺みたいな根暗な奴なんてイメージが合ねぇし、恥ずかしいから周りの奴らには黙ってるってわけだ」

「なんか……ごめんね。私、今までずっと辛いこと聞き出そうとしてたよね。ほんと、ごめん……」

「いいんだ」


 こんな複雑な過去を抱えてるからこそ、親を失った悲しみを思い出さないためにも、自分が遊園地でアルバイトをしていることは隠し通しているようだ。

 明石君はすんなり許してくれたけど、必死に理由を聞き出そうとしていた無神経な自分が、今となってものすごく恥ずかしい。


「ていうか、謝るべきなのは俺の方だよな」

「そんな、謝らなくても……。言ったでしょ、明石君は悪くないって」


 私は弁当箱の蓋を閉めて、ランチバッグに箱を戻す。結局明石君のお話を聞いて、食欲がどこかに行ってしまった。でも決して彼は悪くない。




「明石君、困ったことがあったら、私に何でも言って。頼りないかもだけど、精一杯力になるから」

「え?」


 私は明石君の瞳をじっと見つめる。偶然かもしれないけど、私は彼の秘密を知ってしまった。今の私には、彼の悲しみをまっすぐ受け止める責任がある。受け止める覚悟で、今日はお腹をいっぱいにするんだ。


「今の話聞いたら、ますます応援したくなっちゃった。頑張り屋の明石君を、これからも支えたい。友達として……」 

「……」


 明石君は反応に困って黙り込む。やっぱり褒められたり応援されるのに慣れていないようだけど、少しでも前向きになれるよう私が手伝ってあげたい。


「やっぱそういうの、気持ち悪ぃや……」

「そ、そう……」

「でも、ありがとな……本山」

「うん!」


 私は明石君に微笑みかける。彼の表情も一瞬柔らかくなった。

 きっと、これが友達になった瞬間ってやつなのだろう。彼も友達なんて作るのを拒んでたようだけど、私と知り合えて満更でもない様子だ。もう友達と言ってもいいよね。




 彼にとって、私が最初の友達。何だか……すごく嬉しい。


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