第6話「迷子の迷子の」
「こちら『ワンデイ・パークインチケット』になります」
「ありがとうございます」
開演から半日経った今でも、チケット売り場は多くの客で混雑していた。楓は父親から貰った一万円札を使い、入場チケットを購入した。
楓は下校後、自宅で秒速で私服に着替え、足早にドリームアイランドパークへと向かったのだ。電車を乗り継ぎ、多くの客の群れを掻い潜りながら遊園地にたどり着いた。
チケットの拝見、持ち物検査など、入場ゲートでのチェック項目を全て終え、笑顔のクルーに見送られて楓は入園する。
「それでは行ってらっしゃい!」
「わぁ……」
先日須未と桃果と共に遊びに来た日もそうだったが、圧倒的な客の人数を前に楓は呆然とする。子供連れの家族客に、制服を着た中高生の集団、年配の夫婦など、性別年齢問わず老若男女の人々が行き交う。
視界に映る中で確認する限り、一人客は楓だけ。まるで周りが外国人だらけの国外に来てしまったようなアウェイな空気だ。
「あ、アイラ君だ!」
「可愛い~!」
入場ゲートを通り抜けたすぐ右横で、ちびっこ達が大きな着ぐるみに群がっていた。白色の髭を生やしたアザラシのようなキャラクターが、パタパタと前足を動かして可愛らしい姿を見せていた。
彼はこのドリームアイランドパークのマスコットキャラクターで、アザラシの『アイラ君』だ。周辺のショップでは彼のオリジナルグッズが展開されている。
客の姿をよく見ると、アイラ君のぬいぐるみが付けられたカチューシャやキャップを被っている人が多く見られた。
「うぅぅ……」
あまりの可愛らしさに、楓もアイラ君のアクセサリーを付けたい衝動に駈られる。須未と桃果と共に来た際に購入したカチューシャは、家に置いてきてしまった。家に帰ってすぐに遊園地に向かったため、完全に存在を忘れていた。
それに、今日は遊びに来たわけではないのだ。楓はアクセサリーショップに向かおうとする足を必死に止める。
「よし!」
気を引き締め、楓は歩みを進める。ここに来た理由は他ならない。裕光にハンカチを届けるためだ。たったそれだけの理由で、交通費やチケットにお金をかけた。
勢いに身を任せて来てしまったが、裕光もハンカチ無しでは苦労するだろう。楓との会話の際に流した汗の量は尋常ではなかった。
楓は客の群れをじっと見つめ、清掃を行っているクルーを探し回った。
* * * * * * *
「はぁぁ……」
それなのに入園から約2時間、未だに明石君は見つからない。やっぱり園内が広過ぎる。
「はぁぁぁぁ……」
私はひとまずベンチに座り、棒になった足を休める。2時間歩きっぱなしの足はパンパンだ。元々体力がない私にしては頑張った方だと思う。明石君を見つけられてないからダメダメだけど……。
園内をくまなく探すだけでなく、途中で見かけた働いているクルーにも尋ねてみた。だけど、同じ遊園地で働いているからと言って、お互い全員を把握しているわけでもないみたい。
そりゃそうか。ここで働いている人なんて何千人といるもんね……。
「明石君……」
姿の見えない彼の名前を呼ぶ。この広い遊園地のどこかで、今も明石君はせっせと清掃の仕事を頑張っている。彼の着ていた作業服も覚えてるのに、まさかこんなに難航するとは思わなかった。認識が甘かったかなぁ。
サッ
私はベンチから立ち上がり、再び歩き出す。今はとにかく足を動かすしかない。せっかくお金払って来たんだから、今日中に見つけないと時間を無駄に過ごしてしまうことになる。
アトラクションに乗りたい欲望を我慢して、広い遊園地で人探しという精神を磨り減らされる作業をしているのだ。ここまで頑張ってるからには、見つけないと気が済まない。
「あっ」
目と鼻の先に一台のゴミ箱を見つけた。そうだ、ずっとゴミ箱のそばにいれば、いつか清掃員のクルーがゴミを回収しに来るはず。明石君が向こうから来てくれるかも……。
いや、明石君が来てくれる保証なんてないだろう。清掃の仕事をしているのは彼だけじゃないんだから。
でも、確実に彼に会うためには、もうその手しかないかもしれない。私は覚悟を決めてゴミ箱に近付いた。
「うぅぅ……」
「ん?」
ゴミ箱に近付いた途端、どこからかすすり泣く声が聞こえてきた。周りのお客さんの喧騒に遮られて今まで聞こえなかったけど、ゴミ箱に近付くと微かに聞こえる。何? お化けゴミ箱!?
「ママァ……」
違う。聞こえるのはゴミ箱の中からじゃない。無機質のゴミ箱がママを求めるはずがない。私は懸命に泣き声の発生源を探し、辺りをうろうろと歩き回った。
「あっ!」
そして、見つけた。ゴミ箱のすぐ近くにあるアイラ君の像の裏を見てみると、幼い男の子がうずくまっていた。目にいっぱい涙を浮かべて、悲しそうにうつむいていた。
「ねぇ、僕、どうしたの?」
私は男の子に声をかける。彼は見たところ幼稚園児頃の年齢で、とても背の低い小さな男の子だ。周りに人はそれなりにいるけど、像の影に隠れて見えず、誰にも気付かれなかったみたい。人々の喧騒で鳴き声もかき消されたというわけか。
「ママが……いないの……」
「はぐれちゃったの? いつから?」
「さっき……ママと一緒に……木がいっぱい生えてるところで……アイラ君とお兄さんお姉さんがダンスしてるやつ見てて……」
私は男の子が放った単語の数々をまとめ、分析した。木がいっぱい生えてるところ……きっと『リトルジャングルアイランド』だ。
ドリームアイランドパークは全部で7つのエリアに分かれていて、それぞれ独特な世界観を再現した島となっている。
そこで男の子が言った条件に当てはまるのは、アマゾンのジャングルをイメージしたエリアのリトルジャングルアイランドしかない。今私達がいるセンターアイランドとも場所が近い。
「ダンス見てたの?」
「うん……アイラ君とお兄さんお姉さんのダンス……前の方で見てたらいっぱい人が来て……押されてたらいつの間にかここに来て……」
アイラ君とお兄さんお姉さんのダンス……きっとパレードだ。
電車で遊園地に向かう途中で、webサイトのイベントスケジュールを見ていた。スマフォで時刻を確認すると、今の時間帯は丁度『アイラ君と仲良しハッピーパレード』が終わった頃だ。
きっと、彼はもっとパレードを見やすい方へ行こうと前に行き、人混みに流されてここに来てしまった。結果的にお母さんとはぐれてしまったんだ。あのパレードは島々を移動するから、それに釣られて尚更はぐれやすいかもしれない。
「うぅぅ……ママァ……」
「……」
男の子のあまりにも悲痛な泣き顔が、幼い頃の私と重なって見えた。かつてママに泣いて甘えていた頃の私と……。
「僕、お名前は?」
「……
「健君、大丈夫だよ。お姉ちゃんがすぐにママと会わせてあげるからね」
私は健君の顔に手を当て、指で涙をそっと拭ってあげた。こういう泣き顔に、私は滅法弱い。というか、困っている人を見つけると、私は助けずにはいられない。
「ほんと?」
「うん! じゃあ係員さんのところに行って、ママを探してもらおっか」
「うん……」
「おっ、一人で立てたね。偉いよ」
健君は残った涙の粒を拭い、ゆっくりと立ち上がった。私は彼の頭を撫でてあげて、手を繋いで男の子を連れていく。確か入場ゲートのすぐ近くに、迷子センターもあったはずだ。そこに行けば、後はクルーが解決してくれる。
「ありがとう、お姉ちゃん……」
「どういたしまして♪」
本当は私も明石君も探さないといけないし、足の疲れがまだ取れなくて歩くのが辛い。それでも、この子を放っておきたくない。まだこんなに小さいんだもん。助けてあげなくちゃ。
私は困っている人を見かけると、自分の都合を後回しにしてまずは助けに行く。いつもそうしてきた。
だってあの日、ママと約束したんだもん。誰にでも手を差し伸べる優しい人間になるって……。
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