第2話「会っちゃった」
「到着~!」
雲一つない土曜日の晴れた午前の日、私は約束通り須未ちゃんと桃果ちゃんと一緒に、ドリームアイランドパークにやって来た。遠足前日はよく眠れなくなるタイプの私は、内心子供のようにワクワクしていた。
「人多いわね……」
桃果ちゃんが周りのお客さんの多さに圧倒する。体を回してぐるっと見渡してみたけど、お客さんが視界に映らない瞬間は存在しない。どこもかしこも人で溢れている。密です。
子供連れの家族、高校生や大学生の集団、若い夫婦に熟年の老夫婦……老若男女のお客さんがここに集まっている。チケット売り場ですらこの有り様だ。
「チケット代足りてよかったぁ……」
「足りなくて入園できなければよかったのに」
「酷い!」
私達三人の手に、しっかりと入園用のチケットが握られている。よかったね、須未ちゃん。この間私がクレープ奢らなかったら、チケット買うお金足りなくなってたよ。
「んで、私達この遊園地のことよく知らないんだけど、まずどこ行くの?」
「知らない。どこに何があるかも分かんないから」
「はぁ!?」
須未ちゃんの無責任な発言に、桃果ちゃんは頭を抱えて呆れる。私も桃果ちゃんも須未ちゃんのエスコートを期待していた。言い出しっぺは彼女だから。でも、須未ちゃんもよく知らないみたい。
「こういうのは変な計画立てないで、自由気ままに楽しむのが一番よ! よし、まずはあれに乗ろ!」
「あ、ちょっと!」
「待ってよ須未ちゃん!」
テンションに身を任せて走り出した須未ちゃんを、私と桃果ちゃんは追いかける。私も半ば呆れちゃってるけど、それでも遊園地という場所が醸し出す独特の賑やかな雰囲気は、感じていてすごく楽しい。
今日は目一杯楽しむとしよう。
「ハァ……ハァ……」
「楓、大丈夫?」
私はまだ一つのアトラクションしか乗っていないのに、もう疲労困憊だ。えっと……何だっけ。スーパーウルトラ……グレー……何とか……とにかく長ったらしい名前のジェットコースターに乗って、一瞬にして全部の体力を持ってかれた。
「ごめん……私……絶叫系苦手なんだ……」
「えぇ? そういうのは先に言っといてよ」
ジェットコースターの迫力があまりにも凄まじく、降りた後の私は立つのもやっとの状態だ。桃果ちゃんに支えられながら、私はよろよろと歩みを進める。
「でも……せっかくみんなと来たんだし……一緒に楽しみたくて……」
「無理しなくていいってば。ほんとに楓はお人好しなんだから……」
あぁいう感じのスピード感溢れるアトラクションは、正直私は苦手だ。でも、一人だけ乗らないわけにはいかない。みんなで楽しまなくちゃ損でしょ。
「ごめん、楓。早いけどちょっと休憩する?」
「うん……そうさせて……」
須未ちゃんが隣で申し訳なさそうにこちらを見ている。私も何だか申し訳ないなぁ。みんな早く次のアトラクションに乗りたいだろうに。
「私飲み物買ってくるよ」
「ありがとう」
須未ちゃんがフードやドリンクを販売しているカートへと走る。桃果ちゃんは近くの腰を下ろせるスペースを見つけて、私を支えながら案内してくれた。須未ちゃんが買ってくれたミックスジュースを飲みながら、私達は休憩する。
「これ、クレープのお返しってことでOK?」
「いいよ~」
「楓……」
桃果ちゃんは『ほんとにいいの……?』って思ってる表情だけど、それでいいの。だって、楽しいんだもん。みんなと遊園地だよ。早くも疲れちゃってるけど、すごく楽しくてたまらないよ。連れてきてくれて、ありがとね。
「それにしても、ジュース高過ぎない? これ一杯で500円したよ?」
須未ちゃんがジュースの入ったプラスチックのコップを眺めて呟く。ふと視界に映ったカートで販売しているフードの値段を眺める。チュリトス650円……ホットドッグ750円……確かに高いかも。何でだろう。
「あと、男女カップル多過ぎね……」
「須未、あんたさっきからイライラしてない?」
須未ちゃんに言われて周りを見渡して見ると、確かにカップルのお客さんが多いかも。若い男女のカップルが、手を繋いだり腕を組んだりして歩いている。みんな幸せそうだ。
「私達もいつか彼氏できんのかなぁ~」
「この中で一番早く彼氏できそうなのは、やっぱり楓よね」
「えぇ!?」
突然桃果ちゃんがこちらに話題の矛先を向けてきた。か、彼氏ってそんな……考えたこともないよ。
「それもそっか。楓優しいもんね」
「そ、そんなことないよ! 私に彼氏なんか……///」
「あぁ、楓はそういうの興味なさそうだものね。一番モテるけど」
「そんなことないって!///」
私はこういう話題に疎い。須未ちゃんは普段から「女子高生たるもの恋バナで花咲かせないと」とか何とか言ってるけど、誰かを好きになったことも付き合ったこともない私にはハードルが高過ぎる。まだダイオウグソクムシの生態について語る方が簡単だ。
……ごめん。今の嘘。
「じゃあこのコップがあそこのゴミ箱に入ったら、楓に彼氏ができるってことで」
「へ?」
須未ちゃんが空になったコップを掲げて呟く。いつの間に飲み干したんだろう。ていうか、なんでそういう話になるの!?
「それっ!」
須未ちゃんが腕を振ってコップを投げる。コップは弧を描いてゴミ箱へと飛んでいく。
ガッ
「あら……」
しかし、コップはゴミ箱の角にぶつかり、ギリギリ入らなかった。そのまま地面に転がっていく。
私は自分のジュースを置いて立ち上がり、落ちているコップの元へと向かう。須未ちゃん、ゴミを投げて入れちゃダメだよ。
「須未……何楓に拾わせてるのよ」
「ごめんごめん。あ、楓、ありがとね」
「うん」
私はしゃがみ、コップに手を伸ばした。
スッ
すると、私が触れる前に誰かの手がコップを掴んだ。園内を掃除して回ってる清掃員の人だ。
「あっ」
キャップを深く被った男の人は、コップをゴミ箱に入れ、蓋を外す。ゴミ箱の中に溜まったゴミを回収してるんだ。
「すみません……ありがとうございます」
「いえ」
私はお礼を言うと、こちらを振り向いた男の人と目が合った。羽っ毛のある綺麗な青い髪で、寂しそうな目をしている男の人だった。
「え……?」
「あっ……」
彼は……クラスメイトの明石裕光君だ。
「明石……君……?」
「……」
「あっ」の一言だけで、明石君の声だと瞬時に気付いた。顔は毎日学校で見てるからもちろんのこと、声も鮮明に覚えてる。
一番最初の自己紹介の時から聞いていない気がするけど、最初の物静かな雰囲気が逆にインパクトが大きくて覚えていた。少なくとも私の記憶の中ではね。
「明石君……だよね?」
「……」
さっきから一言も話さなくなったけど、私の顔を見て驚いているのを見る限り、私がクラスメイトの本山楓であることを認識しているみたい。偶然にも学校外でクラスメイトとばったり会って、驚きのあまり声が出ないのかも。
私だって驚いている。物静かで人との関わりを避ける彼が、こんな賑やかな遊園地にいるんだから。しかも清掃員の服装でゴミ回収をしているということは、もしかして……。
「アルバイトしてるの? 意外だね、こんなところで働いてるなんて……」
「……人違いです」
「へ?」
明石君はつばを掴んでキャップを深く被り、背を向ける。
「明石君?」
「ひ、人違いです。あの、仕事の邪魔なので話しかけないでください」
「あっ、ちょっと……」
ゴミ箱の中のゴミを全部回収し終えると、逃げ帰るように私から離れていく。その後ろめたい背中が、いつも放課後にそそくさと教室を出ていく様のそれだ。人違いなんて言っていたけど、彼は明石君で間違いない。
「……」
私、何か悪いことしちゃったかな? だとしたら申し訳ないな……。
「楓~、さっきから何してんの?」
「あの人、誰?」
すると、ずっと蚊帳の外にいた須未ちゃんと桃果ちゃんが駆け寄ってきた。
「ううん、何でもない」
「そう……そろそろ行きましょ」
空になったゴミ箱に、桃果ちゃんはジュースを飲み干したコップを捨てる。私もさっさと飲み干して、ゴミ箱の中に入れる。明石君が綺麗にしたゴミ箱に。
「うん」
明石君が逃げちゃった理由はよく分からない。あり得ないと思うけど、本当に人違いの可能性も考えられる。その可能性を危惧して、私は二人には彼のことは伏せておくことにした。
気を取り直して、私達は次のアトラクションへ向かった。
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