第63話 遭難

美央の様子を見ると、痛みは少しどころではない。

立ち上がることすらきつい程に怪我をしていた。


(その足ではこの崖は無理か..)


「美央、俺につかまれ」


「いいのですか?..ありがとうございます」


俺は美央をおんぶしてやる。

流石に美央をおぶっている状態でこの崖は登れないため、別の道を探すことにする。




「...」


「..あの..みやび君?」


「どうした?」


「全く人がいませんね」


「そうだな..」


俺たちは今、周りが雪でほとんど何も見えない。

それに人は全く見当たらない。

つまり、遭難していることになる。

しかも、崖から落ちた時からスマホの電波が全く届いていないのだ。

俺たちはそのまま、少し歩く。


「みやび君、降ろしてください」


「もう大丈夫か?」


「はい、痛みはもうほとんどありません」


「そうか」


俺は美央を降ろして、しばらく辺りを探す。


「あ!みやび君!あれ!」


美央が見ている方を見ると、そこには一軒の小屋があった。


「よかった!助けてもらおう」


俺たちはすぐにそこ向かう。


「あのー!すみません!」


「...」


俺たちが何度呼んでも返事は返ってこない。

留守なのだろうか。


「あれ?開いてますね」


「え?おい!」


美央は勝手にその小屋の中へ入っていってしまう。


「みお?」


俺はすぐにその後を追って中へ入ると、そこには簡単な机と椅子があるだけの、小さな小屋だった。


「おそらく、遭難者が避難する小屋..のようなものでしょうか?」


美央は部屋になにやら張り紙を見つけ、そこには遭難者用の避難所と書かれている。


「じゃあ少し避難させてもらおうか」


俺は少し安心し、椅子に腰掛ける。


「はい、吹雪が終わるまでは休憩しましょう」


美央は俺の隣に座りながらそう言う。



「..まだ止まないのか」


もうかれこれ3時間は経っている。

今は夜の11時くらいだろうか。


「どうしましょうか..」


「そうだな..」


幸い遭難した時のためにご飯は用意していたので何とかなるが、このままでは帰れそうにない。

つまり、ここで一泊するしか手がないのだ。

しかし、もしここに泊まるとなると美央と2人きりの状況で、寝たということになってしまう。

果たしてどうするのが正解なのだろうか..


「みお..泊まるか?ここで」


「私もそう考えていました!今回は仕方ないです!そう!仕方がない事ですから!」


美央は仕方ないと言いながらも、かなり嬉しそうだ。


「まあもう寝るか、ここにはお風呂とかないし、待つしかないよ」


「..あの、ちょっとトイレに行きたいです..」


美央は突然もじもじしながらそんなことをいう。


「トイレなら外にあったぞ」


ここはトイレが外に個室であるのだ。


「その...夜に1人は怖いのでついてきてくれませんか?」


「えぇ⁉︎」


美央は突然とんでもないことを言い出す。


「じょ、冗談だよな?」


「いえ、本気です..」


美央は心から恥ずかしがっているらしく、耳まで赤い。


(いつもどうやって夜トイレ行ってるんだよ)


そういえば、美央が夜トイレに行ったところをあまり見たことがない。



「ほら、じゃあ俺は寒いから戻ってるよ」


俺はそう言って、トイレに入った美央を置いて中へ戻ろうとする時


「ま、待ってください!」


美央はトイレの中から大声で俺に言う。


「えぇ、ここまで来たらいいだろ?」


「このトイレ電気が弱くて、薄暗いです..なので..その...みやび君..」


どうやらトイレが終わるまで待っててほしいらしい。


「みやび君、居ますか?」


「...居るよ」


「...みやび君、居ますか?」


「居るよ!居るから早くしてくれ!」


(このままじゃ俺の理性がやばいんだよ!)


トイレの壁は非常に薄く、中の音が丸聞こえなのだ。

なので中から水音が聞こえ、何とは言わないが、嫌でも想像してしまう。


「みお!まだなのか!」


まだ10秒少しだが、俺にはかなり長く感じられた。


「ま、待ってくださいよ、我慢していたので、もう少しで終わりますから」


その後、俺は変な妄想を押し殺し、なんとかその場は耐えることができた。




「はぁ...」


今日はかなり疲れてしまった。

なにしろ、美央を背負ったままかなり歩き回ったのだ。

美央はそこまで重くは無いが、それでも流石に疲れる。


「みやび君、寝ましょうか」


「ああ、そうしよう」


俺たちは寝袋などは無いため、仕方なく床で寝ることにした。


「..明日には助かるでしょうか?」


美央は心配そうな声で言う。


「ああ、はるかが救助を呼んでくれてるだろ、だから大丈夫だよ」


「...」

「...」


そのまま、少し沈黙が流れる。


「あの、みやび君!」


「..ん?どした?」


てっきり寝たと思ったが、まだ起きていたらしい。


「あの、寒いので少しくっついてもいいですか?」


「...え?」


俺はもう寝そうなところだったので、美央の言ったことの理解が遅れてしまった。


「寒い時は体をくっつけるといいらしいので...だめですか?」


美央はそう言うと、少し俺の方へ寄ってくる。


「えぇ..だめ...だ」


俺はそう言いながらも、眠気がピークに達してしまう。


「ふふ、眠いのですか?」


美央はそんな俺の様子を見ると、しめた、と言わんばかりに俺に擦り寄ってくる。


「寝ちゃっていいんですよ..」


美央は俺の耳元で甘い声で囁く。


「み..お?」


俺はそのまま、意識が遠のいてしまった。

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