クマ出没

 さて、栗拾いを再開しようとしましたが、ちょっと中断になりました。何が起きたんでしょう?


「せんせー! くまさんがでたーっ!」


 幼稚舎の生徒たちが、先生に促されて山を降りてきます。


「クマ? こんな平和な山に?」


「はい! 目つきが悪くて」


 先生が言うには、栗を独占しているそうで。


 なんと。ソナエさんが管理している山で、野生のクマが出るなんて。


「クマっていうか、魔物かもしれんな」


 久々の、野良魔物ですか。

 

「クリス、あんたが肉の匂いなんてさせてるからじゃん」


「ソナエさん、わたしのせいにされても困ります」


「冗談だ。おおかた野生のクマが、住処を追われて魔物化したっぽいな」


 では、我々専門家が退治に参りましょう。

 せっかくの栗拾い、魔物なんかに邪魔されてはたまりません。


 いました。紫色の毛並の魔物が、栗をバリボリとかじっていますね。


「おとなしく山を降りな。でなければ、痛い目を見るぞ」


 ソナエさんが凄みますが、相手もひるみません。 


『なにを。人間風情が』


 気にせず、魔物は栗を独占しています。


「それは子どもたちが、山の恵みとして分けてもらうものです。あなたのような邪悪な輩が、手を付けてよいものではありません」


『我こそ山の神ぞ! 我がどうくらおうと勝手なり!』


 自分が神様であると、イキり散らかしていますね。


「いるんだよな。なまじ魔力を持って生まれたから、調子に乗っちまうバカが」


 ソナエさんが、わたしに攻撃を促します。


「クリス。あたしは『本物の』山の神を呼び出す。その間、頼むぞ」


「はい。その間に、倒してしまってもよろしいですよね?」


「スキにしな。ただし、クマ鍋にしようとか思うなよ。クマって、下処理が面倒な割に、そこまでうまくないんだ」


「知っています」


 冒険者時代、クマの前足を切ってカレーにしたことがありますので。

 あのめんどくささは、一生忘れません。


『なにをほざくか、ニンゲンのメスの分際で』


「身の程をわきまえろと、申したのです」


『どこまでも我をコケにしおって! ニンゲンのメスはどんな味がするのか試し――』


「ホワタ!」


 ジャブ一発で、相手はノビてしまいました。


「クマならもっと頑丈にできていないと、この山では務まりませんよ」


 魔物クマは、まだ目を回しています。こちらに、怯えた視線を向けていました。


「先ほどもいいましたが、食べるつもりはありません。ただここで暮らすなら、ルールを守っていただかないと」


 来ました。『本物の』山の神が。


 キンキラキンに光る、ヘラジカです。草食動物なのに、魔物クマより数倍も大きいですね。平べったい角に、小鳥が何羽も止まっていました。なんという貫禄。


『そなたの邪悪な瘴気を払ってしんぜよう』


 目を回している魔物クマから、黒紫色の魔力が抜けていきます。


『これで、もう安心なり』


『ありがたき幸せ。おそらく、冬眠の際に魔物に寄生されたらしく』


 さっきまで威張り散らしていたクマが、すっかりおとなしくなりました。


『この山に住むなら、スキに穴蔵を作るがよい。ただ、この巫女と聖女は、関わってはならぬ。鍋にされてしまうなり』


『心得た』


 そんな、納得されても。

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