勇者のからあげは、伝説の味

賛美歌

 今日はハロウィンです。


 天使のコスプレをした児童たちが、シスター・エマのオルガンに合わせて賛美歌を歌っていました。


 歌唱するのは、伝説の勇者の英雄譚。悪い魔王を倒した、異国の勇者を称える歌です。


 偉大なる勇者はハロウィンの日、跳梁跋扈するモンスターたちから、街を救ったのでした。

 貧しい子どもたちに、勇者は手持ちのお菓子を配るのです。キャンディやスナックを。中でも、パーティに食べさせるために作り置きしていた『からあげ』が人気でした。


 この歌は、その状況を歌った内容です。


 礼拝堂にいる参列者さんたちが、熱心に歌に聞き入っていますね。中には、涙を流す人も。


 ですが、わたしはあまりこの曲が好きではありません。


 別に、歌詞が難解なわけでもないのですが。また、魔王ドローレスの仮の姿であったシスター・ローラに歌わされていたから、というわけでもありません。


 単に、お腹が空いてくるのです……。


「お腹が鳴りそうだったでしょ、クリス」


 シスター・エマが笑いながら、エールをからあげと一緒に流し込みました。


「わかりましたか、エマ」


 わたしも、ノンアルコールの炭酸をいただきます。


「当然よ。指揮棒を振りながら、ずっとお腹を抑えていたんですもの。あたし、笑いが出てきそうになったわ」


 エマと一緒に、シスターフレンも笑い出しました。


「ですが、あなたたちも知っているでしょう? この曲が、なにのテーマソングに使われているか」


 とある事情により、あの賛美歌は街でとても人気があるのです。


「知っているわよ。だから、からあげ屋さんにいるんじゃない」


 わたしたちは、からあげ屋さんでお昼を楽しんでいました。


 この店の名前は、【勇者のからあげ】といいます。伝説の勇者が、借金を返すために始めたのが起源でした。


 屋台でおじいさんが眼の前で、からあげを作ってくれるシステムです。


 わたしたちお客は彼を囲んで、ドリンクと一緒にからあげをいただくのですよ。


 これがまた、罪深うまい!


 といっても、このおじいさんまでも勇者の末裔というわけではありません。


 勇者はフランチャイズ化を条件に、自らのからあげレシピを惜しげもなく民衆に振る舞ったのでした。彼が時代や歴史を超えて人気者なのは、そのためです。


 また、こちらの屋台にはもう一つ特徴が。


 見習いの少年が、屋台の隣でアコーディオンを弾いています。


 彼の奏でる音楽に合わせて、お客も歌い出しました。


 例の賛美歌です。戦災にあった子どもたちに振る舞う、からあげの歌を。


 朝に礼拝堂で児童が歌っていたのは、このお店のテーマソングなのです。


 だからわたしは、この曲を聞くと、無性にからあげが食べたくなるのでした。


 おお、神よ。この干からびた胃袋をお救いください。


 神よ、そして、異国の勇者『ケンタ』よ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る