マシマシは、罪な呪文

 敗北を味わったときは、なじみの店で慰めてもらうに限ります。


 いつものチャーハン屋さんに向かいました。


「ああ、いらっしゃい。シスター・クリス。ウル王女」


「またお邪魔します。ジターニャさん」


 おなじみのお店では、ジターニャ・ヤムキンさんが接客をしています。彼女はネクロマンサーの家系なのですが、実家が取り壊されてしまいました。同じように、スポンサーがいなくて困っていたこのお店に、住んでもらうことになったのです。


アンデッドの執事ライスガスキーさんは、アンデッドの大将とともに鍋を振るっていました。チャーハンを高く打ち上げるパフォーマンスが、人気だそうで。


 生者が管理人になったことで、アンデッドでもちゃんと商売ができるようになりました。ウル王女や国王に感謝ですね。


「シスター。今日は、新メニューがあるのよ。食べてみて」


 そういって、ジターニャさんがラーメンを作り始めます。


「さあどうぞ」


 出てきたのは、もやしがどかっと乗ったラーメンでした。


「ありがとうございます。いただきます」


 お箸で、麺を持ち上げてみます。おお、太麺ですね。これは、食べごたえが……。


「うん、罪深うまい!」


 なんて、背徳的な味なのでしょう。


 見た目からしてタンメンの印象を受けましたが、これは


 ラーメンと言えば、元貴族令嬢のステフさんが経営する「しょうゆとんこつ」の店が至高だと思っていました。こちらはこちらで、不思議な味ですね。


 それにしても、なんの因果関係でしょうか? ステフさんもジターニャサンも、貴族令嬢ですよねえ。


「ジターニャさん。貴族様って、ラーメンがお好きなんでしょうか?」


「知らないけど、庶民の味に憧れはあるんじゃないかしら?」


「かもしれませんね」


 ステフさんのお店はトンコツの風味が強いです。こちらは、おしょうゆが濃い気がしました。アブラっぽさがなんとも罪をそそります。下手をするとクドいのに、もっと食べたくなるような。


「背脂と醤油ダレ、もやしの『マシマシ』ってできるから、欲しかったら言ってみてね」


 マシマシ……また珍妙な呪文が。


「なんと。マシマシなるものがありますのね?」


「ただ、ノーマルを先に召し上がってくださいな。王女様。いきなりマシマシにト

ライするより、ノーマルから自分でアレンジする方が楽しいの」


「では、そうさせていただきますわ」


 わたしたちは、マシマシを追加します。


「本来なら、注文の際にオーダーするのよ。今は空いているから、特別に途中から味変の形で追加してあげるわ。味見もしてほしいし」


「ご厚意に感謝します」


 では、マシマシとやらを。


「うーん! さらに罪深うまい!」


 これは、罪悪感がマシマシです。


 なんでしょう? ただでさえ強かった背脂感がさらにマシ、濃厚なしょうゆ味がさらに強くマシ、もやしのボリュームがマシたことで、食べごたえがシャレになりません。


 実に、形容しがたい味わいになりました。これが、アレンジというものですね。


 追加でチャーハンを、と思っていたのですが、このラーメンだけでも満足です。


「もやしばかり食べていたら、麺がのびてしまいましたわ」


「王女、のびたラーメンはそれはそれで味変になりますよ」


 わたしは、のびきった麺をモリモリといただきました。スープを大量に吸った麺は、たしかに柔らかすぎるでしょう。しかし、だからこそ、シャキシャキもやしと合うんです。


「クリスさんの言うとおりですわ。これはおいしい」


 また、新しい発見に出会って、わたしたちは満足してお店を後にしたのでした。

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