ケチャップスパは、敗北の味

 謎呪文で心が折れた我々は、アイスコーヒーと追加で頼んだソフトクリームで妥協します。


 フラペチーノは、後日となりました。今は、このコーヒーのほろ苦さを噛みしめることにしましょう。ああ、罪深うまい。


「なんだか、負けた気がしますわ」


「いいえ。これは完全敗北です。まさか、外食でこんな目に遭うとは」


 コーヒーも、極めて普通の罪深うまさです。

 ですが、アイスコーヒーは絶品。たまりません。こういうのでいいのですよ。我々は、こういうものを求めているのです。

 ソフトクリームをなめては、罪深うまい。

 またアイスコーヒーに戻って、罪深うまさを噛み締めます。

 このループは、まさしく罪の永久機関といえるでしょう。


「でも、すごくおいしそうですわね、フラペチーノ」


「ちゃんと呪文を覚えて、リベンジをしましょう」


 二人で誓い合ったとき、店主であるオカシオ伯爵が現れました。


「シスター・クリスさん、ご来店ありがとう。王女様も、ごきげんうるわしゅう」


「覚えることが、多いですわね?」


「わざと男性客を、入りづらくしているんですよ」


 カップルでも、男性がいると嫌がる女性客がいるそうです。


「たしかに、騒ぐ客や横柄な客がいらっしゃいますからね。クリスが撃退したという」


「あー、いたよなぁ。そういう客が。まあ、そういう感じですよ」


 なるほど。あの謎呪文にはそういう意図があったのですね? 貴族であるという権力を振りかざす迷惑客を、追い払うためだと。


「難しい呪文ですねえ。一生覚えられる自身がありません」


「それはそれで、マニア心をくすぐるかなと」


 フラペチーノにたどり着く道のりは、遠そうです。


「お詫びと言ってはなんですが。こちらを」


 おお、トマトケチャップのパスタですか。オカシオ伯爵が運営するオタカフェにて、マカロニグラタン・オムライスと並ぶ大人気メニューです。こちらでも食べられるとは。


「ありがとうございます。いただきます。ズゾゾ!」


 女性客がひしめくお店にふさわしくない音を鳴らし、わたしは豪快にパスタをすすってしまいました。


「シスター・クリス」


 ウル王女に、たしなめられます。

 おっと、罪深うますぎて我を忘れてましたね。抑圧された食欲が、煩悩となって態度に出てしまいました。とんだヌードルハラスメントですね。自粛しましょう。


 ああ。でも、手が止まりません。ライスがほしいです。これはもはや喫茶店のメニューではなくオカズですよ。これは、ライスに乗せて食べるものです。麺がブヨブヨなのも、よくわかっていますね。アルデンテの硬さでは、この味は出せないのです。おそらく調理過程で、麺を焼くからでしょうか。


 この庶民的な味、大好きですよ。この味のおかげで、孤児院の子どもたちがピーマンを食べられるようになったくらいです。なんといっても、ピーマンのアクセントがすばらしい。


 それにしても、このお店で二度も敗北を味わうとは。

 これは、リベンジするしかありません。

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