「限定」は、罪なワード

 わたしの方は、チョコレートでコーティングしたイチゴと、ナッツを散りばめたカップケーキです。


 一方でソナエさんのケーキは、イチゴがキラキラしていますね。


「ソナエさんの方は、隠し味に、アルコールを飛ばしたブランデーをきかせてみたんだ。ソナエさんにも気に入ってもらえると思う」


「ありがとよ。じゃあさっそく」


 ソナエさんが、ケーキにフォークを突き刺します。


 わたしも、いただきましょう。


 ああ、罪深うまい。


 甘いイチゴと、渋いナッツが、口の中で混ざって最強になりました。ボリューミーで、食べごたえのあるケーキです。


「限定」という言葉が見事ですね。実に罪なワードです。


 これは限定と言わず、いつでも食べたいですねえ。


「どうぞ、あーん」


 わたしは、ソナエさんにイチゴを食べさせます。


「いいな。程よいナッツの甘さがチョコに負けてねえ。お前も、あーん」


 今度はソナエさんが、わたしに食べさせてくれました。


 イチゴをブランデーで煮て、香り付けをしているのですね。


「ん? 伯爵、これって酸っぱいイチゴを使っていますか?」


 このケーキを作ったオカシオ伯爵に、わたしは尋ねます。


「そうなんだ。甘いとチョコの味に負けちゃうかなって思ってさ」


 このアクセントが、甘みをより引き立てていました。


 煮ているだけあって、舌であっという間に崩れます。


「うん。こちらは噛んでしまうより、口の中で舐めたほうが、風味が広がりますね」


「ソレが、正解みたいだ。これで限定ってんだから、ぜいたくだなあ」


 食道楽ながら質素な生活をしているソナエさんからすると、貴族が食べに来るオタカフェは少々ハードルが高い模様ですね。お酒にはいくらでもつぎ込むのですが。


 ソナエさんとの食事を終えて、わたしは仕事に向かいます。


「どこもかしこもバレンタインだな」


 外の様子を見ながら、ソナエさんがうんざりした顔で言いました。


「バレンタインなんて、お世話になった人のためにするイベントですよ。ほら」


 チョコレートバナナを売っている屋台に、冒険者のミュラーさんと、娘さんがいます。


 ミュラーさんが、娘のホリーさんから、チョコをもらっていました。


「ね? 大切な人なら、男女だろうと肉親だろうと、関係ないのです」


「だよなあ。あたしらもなんか送り合うか?」


「いいでしょう。さっきの食べさせ合いでよしとしましょう」


「よっしゃ。んじゃ、あたしは酒に合うチョコを買って帰るとするわ。じゃあな」


「お元気で」


 教会に戻ると、えらいことになっています。なんと、教会に行列が。 


「大変よ、クリス、お願いがあるの!」


 シスター・エマが、教会から飛んできました。


「ザンゲ室をバレンタイン仕様にしたら、恋愛相談だけでこんなに! あなたも手伝って!」


「えー」

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