深夜の街に、乙女が二人。外食でしょう

「王妃様、どういったご要件で?」


 ドレスに身を固めた王妃が、教会の前にいらっしゃいました。こんな夜中に、護衛もなしに。服装も、町娘と言うにはいささか派手めかと。


「深夜の街に、乙女が二人。外食でしょう」


 王妃は、とんでもないことを言い出しました。


「シスター・クリス。私がなにも知らないとでもお思いですか? あなたが我が娘ウルと親しいことくらい、私も把握しているつもりですが」


 なるほど。国王と親密かどうかは謎でも、ウル王女と遊んでいれば、自ずとしょうたいもわかっちゃいますよね。


「夜道に女性が独り歩きだなんて、危ないですよ。ナンパ師にどんな目に遭うか」


「それは、あの屍のことですか?」


 うめいている男性たちが、道端に寝転がっています。


 そうでした。この人、国王より強いんでしたね。しかも、服に血の一滴もついていません。出血させず相手を叩き伏せる術を、心得ていらして。


「では、参りましょうか。例の牛丼とやら。私も食べてみたいのです」


 再び、わたしは外食の機会を得ました。


 今日は、冒険者の装備で行きましょう。これで周りには、護衛役と思ってもらえます。


 王妃たっての願い、聞き入れるとしますかね。


「こちらです」


「まあ。外からでもいい香りがいたしますわね」


 鼻で深呼吸をして、王妃は牛丼の香りを堪能します。


「主人が惚れ込むのも、わかるかもしれませんわ」


「味わえば、もっとトリコになりますよ」


「ですわね。では、ご注文をお願いします」


 カウンターの前に座り、料理を待ちました。


 牛丼の並盛りがふたつ、ゴトリと置かれます。


「いただきましょうか」


「はい……これは!」


 ライスと牛肉をお上品に口へと運んだ王妃は、目をカッと見開きました。ですが、場違いな声を発したことに気がついたようで、ややトーンを落とします。


「すばらしいですわね! この牛肉とタレのコントラスト! 夫が夢中になるのもうなずけます」


 品よくお箸を進めますが、その手付きは素早いですね。


 たしかに、罪深うまい。


 以前来たことがあるのに、初めてのときと同じ衝撃を受けます。


「おう……奥様、こういうのはガツガツと食べるのがマナーですよ」


 わたしは丼を持ち上げ、お箸でかき込みました。危うく民衆の前で、彼女を王妃様と呼ぶところでした。


「こうですかしら?」


 王妃様も、わたしをマネます。モグモグと口を動かして、お茶と一緒に牛丼をノドへと流し込みました。


「なるほど、こうやって食べると、口に米が詰め込まれていって、より牛丼の味わいが楽しめると」


 ちゃんと飲み込んでからお話をするあたり、お行儀がよろしいですね。


「ごちそうさまでした」


「いえいえ。ではわたしはこれで」


「次の店に参りましょうか」


 まだ、夜は終わりそうにありません。

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