深夜の牛丼は、犯罪的

 牛丼屋の看板が、見えてきました。


 依頼が深夜までかかって酒場まで閉まった、あるいは夜から出没する魔物の討伐に向かう冒険者などのために、軽く食べられる牛丼屋は重宝します。


 あの肉厚の牛丼は、なんともいえない味ですね。


 労働者か冒険者の方たちでしょうか。たくさんの人で溢れていますね。ガガガッと牛丼をかきこんで、サッと出ていきます。


「オヤジ、特盛を頼む」


「あいよ」


 あえてオーラを出さないムーブで、息子連れの一般男性を装います。


 おっと。


「すいません、ふたつお願いします」


 危うく、並を頼まれてしまうところでした。わたしは身体が小さいから、間違えられそうになりましたね。


「あい。特盛二つ。スープもおつけします」


「ありがとうございますぅ」


 タレのかかった丼メシの上に、玉ねぎと一緒に煮込んだ牛のバラ肉が乗ります。


「金の心配はするな」


「はい。ごちそうになります。いただきます」


 ここは少年を装って、ガッつきましょう。


「ハムハム……う~ん! 罪深うまい!」


 罪が深すぎます! 深夜のテンションと、夏の熱気で頬張る牛丼! これは体に染み込んでいきますねぇ。


「ガツガツ! ああもう罪深うまいとしか言いようがありません」


「喜んでもらえて、なによりだ」


 国王も、もりもりと食べています。


 ゴハンの中に、タレが染み込んでいるのも最高ですね。甘辛いタレが、食欲をより引き立てます。


 で、味噌スープですよ。ソナエさんのおうちや料亭などで出される、上品な味ではありません。雑多な、いかにも量産品という味わいです。

 なのに、このおいしさ。

 雑味満載の牛丼には、これくらいの雑さが最適なのですよ。胃袋を雑に満たしてくれるところが、牛丼のすばらしさ。


 タクアンなるお漬物も、さっぱりとしておいしいですね。

 塩気の中に、適度に甘みがあって。


 このボリュームを、夜中に食べられる! こんな罪深い料理が、あったなんて。夜更かしの頭には毒ですね。


 早寝早起き、勤勉節制、貞淑……どんな言葉すらも、この味の前には敵いません。


 ああ、わたしは悪い子です。でも箸は止めません。


 気がつくと、二人共二杯目をいただいていました。


 おごってもらっておいて二杯も食べるのは、意地汚いと思うでしょう。が、用意されたなら仕方ありません。食べるのがスジというものです。


 ああ、罪深うまい。


「ごちそうさまでした。今度は埋め合わせいたしますね」


「結構だ。シスターに奢られるなんて、バチが当たっちまう。また付き合ってくれ」


「ならば、喜んで」


 わたしは教会に帰って、満たされたお腹をさすりながら作業に戻りました。



 事件は、数日後に起きたのです。


「大変よクリス! 国王に、不倫容疑がかかっているわ!」


 ほらごらんなさいよぉ。

 深夜の外出が、バレちゃってるじゃないですかぁ。

 しかも、いわれのないスキャンダルとか。

 あなたにとっては外食でも、世間はそうは思いません。


 なんてドジなんだか。


「新聞の一面に、デカデカと載っているの!」


 どれどれ……?


「これ、ソナエさんですね」


 あの国王さん、ソナエさんにも声をかけていたんですねえ。

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